これまでの推論を裏付ける研究成果

従来の研究結果からも、もともと「貧困脳」のようなものが原因となり、貧乏から抜け出せなかったり、認知機能などさまざまな能力が低くなったりしているとは考えられてはいませんでした。そうではなく、お金がないことで生じるさまざまな現象(栄養不足、ストレス、学習の機会や教育的刺激を受ける機会の少なさなど)が原因となって、脳の一部の体積が、普通の環境で育った子どもに比べて減少していたり、IQや認知能力、非認知能力が低くなっていると因果推論がされていましたが、今回の結果はそれらの推論を一部裏付けるものとなりました。

ただこの実験では、残念ながら認知機能は計測されていません。つまり今のところ、母親に支給された現金の差によって生まれた、脳波の状態の違いが、子どもの何か(認知機能など)に結びついているのかどうかは明らかではなく、推論の域を出ません。

最新の研究も含め、お金がないという現実が、子どもの脳の状態に影響している可能性を示唆する研究が蓄積しつつあります。これらは、子育て支援(児童税額、控除)の制度設計に有用なデータとなるはずです。一方で、お金がないことそれ自体だけではなく、親の在り方(貧困層に多いネグレクト、心身への暴力など)が子どもに強いストレスを与え、それが子どもの脳に影響を及ぼしていることも忘れてはいけないポイントです。

<参考文献>
・Troller-Renfree SV, Costanzo MA, Duncan GJ, Magnuson K, Gennetian LA, Yoshikawa H, Halpern-Meekin S, Fox NA, Noble KG. The impact of a poverty reduction intervention on infant brain activity. Proc Natl Acad Sci USA. 2022 Feb 1;119(5):e2115649119. doi: 10.1073/pnas.2115649119.
・Noble KG, Houston SM, Brito NH, Bartsch H, Kan E, Kuperman JM, Akshoomoff N, Amaral DG, Bloss CS, Libiger O, Schork NJ, Murray SS, Casey BJ, Chang L, Ernst TM, Frazier JA, Gruen JR, Kennedy DN, Van Zijl P, Mostofsky S, Kaufmann WE, Kenet T, Dale AM, Jernigan TL, Sowell ER. Family income, parental education and brain structure in children and adolescents. Nat Neurosci. 2015 May;18(5):773-8. doi: 10.1038/nn.3983.
・Hair NL, Hanson JL, Wolfe BL, Pollak SD. Association of Child Poverty, Brain Development, and Academic Achievement. JAMA Pediatr. 2015 Sep;169(9):822-9. doi: 10.1001/jamapediatrics.2015.1475. Erratum in: JAMA Pediatr. 2015 Sep;169(9):878.

細田 千尋(ほそだ・ちひろ)
東北大学大学院情報科学研究科 加齢医学研究所認知行動脳科学研究分野准教授

内閣府Moonshot研究目標9プロジェクトマネージャー(わたしたちの子育て―child care commons―を実現するための情報基盤技術構築)。内閣府・文部科学省が決定した“破壊的イノベーション”創出につながる若手研究者育成支援事業T創発的研究支援)研究代表者。脳情報を利用した、子どもの非認知能力の育成法や親子のwell-being、大人の個別最適な学習法や行動変容法などについて研究を実施。