親の経済力と子どもの脳の関係

また別の研究では、約1100人の子どもの脳の構造とその親の経済力との関連を調べたところ、貧困環境で育った子どもは脳の体積の一部が、そうでない子どもに比べ減少していました。皮質体積の減少が見られた領域は、前頭葉の多くの領域のほか、帯状回や側頭葉の一部でした。これらの領域は、先述した、貧困家庭で育った人で低いとされている言語能力・空間的関係の認識・認知的な制御(自己コントロールなども含む)に関わっている場所です。

とくに、年間収入が5万ドル(約570万円)以下の家庭の子どもでは、収入が低ければ低いほどこれらの脳の皮質の厚さが薄いことも示されています。

上述の研究では、あくまでも、「貧しい環境にいる子ども」と「中流以上の環境にいる子ども」を比較して、その違いを見ているだけでした。そのため、貧困と能力や脳の状態に何かしらの関係があることを示してはいますが、因果関係や氏か育ちか(例えば、貧困だから脳の発達が遅れているのか、脳の発達が遅れているから、貧乏なのか)は明確ではありませんでした。

よく晴れた日に、楽しそうに散歩する親子連れ
写真=iStock.com/maruco
※写真はイメージです

母親への現金支給で乳児に変化が表れた

ところが、2022年1月に米国科学アカデミー紀要(PNAS)に、貧困が子どもの脳をどのように変化させるかについて、直接的に明らかにできたという論文が発表されました。ここでは、乳児を育てる母親たちに、異なる金額を毎月支給し、支給額によって乳児の脳の発達に影響が出るかどうかを調べる実験を行った結果、その母親の育てていた乳児の脳の活動が変化した、ということが示されています。つまり、貧困(の改善)が、脳の状態を変化させた、という関係性が初めて実験的に証明されたことになります。

具体的には、2018年から、アメリカ国内の出産直後の母親1000人を募集し、母親1000人を毎月333ドル(約3万8000円)を受け取れるグループと、毎月20ドル(約2300円)のみ受け取るグループに分け、実際にお金を支給しました。参加者の年間世帯所得の平均は2万ドル(約230万円)程度であったため、月333ドルの給付金がされた人たちは、20%程度給与が増えたことになります。これは、子どもの出生後から4歳4カ月に達するまで続きました。

そして、支給から一年後、毎月333ドルを受け取ったグループの子どもと、毎月20ドルだったグループの子どもの脳波を比較したところ、高額を受け取っていた母親の子どもでは、高周波数帯域(アルファ波・ベータ波・ガンマ波)で高い脳波のパワーが見られました。さらには、この高周波帯域は、高い教育を受けた時に現れる程度の強さで見られたことも彼らは主張しています。