暗記力は向上させられるか

さらに細分化して、暗記力は向上させられるのか、という点について述べていきたい。

結論から言えば、現段階では難しい、となろう。米国などでは暗記力を含めたIQ向上の取り組みなどが始まっているようだが、日本では未着手と言っていい。米国でも信頼に足る数的結果は出ていないという。

林純次『学校では学力が伸びない本当の理由』(光文社新書)
林純次『学校では学力が伸びない本当の理由』(光文社新書)

私はこの仕事をするにあたって、暗記術の論考や実践事例をいくつも読んだ。そのなかで、最も的確だと感じたものを参考に論を進めよう。

岩手大学の塚野弘明は暗記力について、認知心理学の観点から次のように分析している。

①人間の記憶容量には極めて強い制約があり、これ自体は訓練によって増加することはない。つまり、人間は基本的に記憶が苦手である。

②無意味情報の記憶には記憶術が有効であり、訓練することによって記憶容量を増加させることができる。しかし、訓練にはかなりの努力が必要であり、実際には限られた情報の記憶にしか用いられていない。しかも有意味情報の場合には記憶術は効果的ではない。

③有意味情報の記憶の場合、記憶しようとするより理解しようとする方が覚えられる。

④日常生活では、意図して記憶しようとするよりは、外部記憶メディアを効果的に使用することで、できるだけ記憶しなくても済む工夫を行っている。

こうした結果から考えると、「暗記力」とは、何か特別な方法を用いて増加させられるものではないように思えてくる。むしろ、極めてオーソドックスではあるが、繰り返すこと(リハーサル)によって、時間をかけて機械的に覚えるということではないだろうか(rote memory)。ということは、「暗記力」の差というのも、どれだけ時間をかけ努力をして覚えようとしたかの差ということになる(※1)

記憶力の良い子は元々いいし、悪い子は元々悪い

塚野のこの指摘はかなり的を射たものと言えるのではないか。私自身、指導した生徒たちや講師として指導した聴講生合わせて約5000人を思い出してみても、記憶力の良い子は元々いいし、悪い子は元々悪いという感覚が強い。

特に高校生は、学校やコースが偏差値で分かれているため、その傾向が如実に表れる。自分に適した記憶術をマスターすることで最適な暗記をすることはできるが、元々記憶力に優れた生徒も自分に最適な暗記トレーニングをしていくので、差は簡単に縮まらない。

具体的には、前回やった指導内容を忘れてしまう、再度繰り返しても夜になると一人では回答できない、といった子が、偏差値40を下回る学校では多数派として存在している。