会社選びに大きな影響を与えた出来事

さらに就職に対する価値観に決定的な影響を与えたのは、2015年12月25日の電通の高橋まつりさん(当時24歳)の過労自殺だ。三田労働基準監督署は2016年の9月30日、長時間の過重労働が原因だったとして労災認定して以降、大きく報道された。高橋さんの1カ月間の時間外労働時間は過労死ラインの月間80時間を超える約105時間。長時間の時間外労働を強いられたうえ、上司からパワハラと思える暴言を受けていたことをSNSでこう発信していた。

「いくら年功序列だ、役職についている人だって言ってもさ、常識を外れたことを言ったらだめだよね。人を意味もなく傷つけるのはだめだよね。おじさんになっても気がつかないのは本当にだめだよね」(2015年11月2日)

高橋さんの自殺は、報道でその実態を知ることになった大学生や就活生に大きな衝撃を与えた。高橋さんの自殺は安倍政権の働き方改革を後押しすることにもつながったが、就活生の会社選びの基準にも大きな影響を与えた。

就活生は企業のどこを見ているか

2017年に新卒採用サービスを手がけるi-plugが実施した「働き方」に関する意識調査によると、働き方について気にしているポイントとして「長時間労働やサービス残業があるか」(59.9%)、「ブラック企業かどうか」(56.5%)、「有給休暇を取得しやすいか」(46.2%)がトップ3を占めた(複数回答)。

「長時間労働やサービス残業があるか」を選択した人の自由回答では「仕事は賃金を得るための手段と考えたい。自分のプライベートや家族など、その他の生活を犠牲にして働くことは避けたい」「働くためには身体が資本であり身体を健康に保つためには仕事と休息をバランスよくとらねばならないから」という意見が寄せられた。

仕事は賃金を得るための手段であると同時に、休息が十分に得られるのかという観点から就職先を選ぼうという志向が高まっていく。それ以前の「楽しい生活」が意味した、会社に縛られることなく多少ゆとりある充実した人生を送りたいという志向に加えて、給与や労働時間・有給休暇がちゃんとしている会社なのかをチェックするようになる。これは決して安易な考えや甘えなどではなく、彼ら・彼女らの「自己防衛」なのである。

こうした価値観を持つ人は少なくとも高橋まつりさん事件に影響を受けた2017年入社以降の20代に多いのではないか。こうした人たちと冒頭のツイッターの発言にある「待遇/給与で会社を選ぶ方と働きたくない」という価値観とは真逆である。今回の炎上騒ぎは起こるべくして起きたのである。

溝上 憲文(みぞうえ・のりふみ)
人事ジャーナリスト

1958年、鹿児島県生まれ。明治大学卒。月刊誌、週刊誌記者などを経て、独立。経営、人事、雇用、賃金、年金問題を中心テーマとして活躍。著書に『人事部はここを見ている!』など。