流動化した労働市場では個人のスキルアップが必須

流動的な労働市場では労働者は自ら能力を磨き続ける必要があります。

労働市場が流動化すると、企業は優れた人材を採用、確保し続けるためには、待遇を良くし、高い賃金を支払う必要があります。これは、労働市場の流動化により優秀な人材の労働条件が向上するということです。労働市場の流動化により、これまで企業側にあった交渉力や決定権が労働者側に移ることになります。

しかし、この恩恵を受けるためには、個人はスキルを磨き、よりよい条件で職場を選べるようにならなくてはいけません。また、長寿化が進む社会では、生涯現役で仕事をするためにも、雇用環境の変化に対応するため、個人は自らの能力を磨き続ける必要があります。

これまで労働者のスキルアップは企業を起点としたもので、教育、訓練は企業が提供するのが一般的でしたが、今後は、労働者個人を起点とするキャリア形成を行っていく必要があります。そこで重要となるのが、リスキリングやリカレント教育です。

日本企業の人材育成投資は主要国で最低

海外ではリスキリングの重要性が広く認識されています。世界経済フォーラムでは、AIなどの普及に対応するためにリスキリングの必要性が提言されています。また、テレワークの浸透などもリスキリングの重要性を強めています。これに対し、日本では若手社員向けの職場内訓練(OJT)が中心で、ベテラン社員への再教育の機会は多くありません。企業の人材育成投資(対GDP比)も主要国で最低となっています。

また、OECDによると、日本では25~64歳人口の半数以上が高等教育を修了しており、他のOECD諸国と比べて、高等教育が十分に普及しています。しかしながら、他のOECD諸国と比較して、日本は全学生に占める成人の割合が低く、生涯学習が普及していません。変化のスピードが速い世の中では、学生時代に学んだ知識や技術は時代遅れになりやすく、学校卒業後も労働者は学習を継続する必要があります。成人教育を推進するためには経済的支援のみならず、産業界やその他の関係者との連携により、より柔軟で実践的な高等教育を提供することが重要でしょう。

「自己開発優遇税制」の導入で転職しやすい環境を

政府は需要の高いスキルに人々の投資を促すべきです。特に、技術進歩の恩恵を受ける準備が整っていない労働者に対しては、学習機会を提供する必要があります。すでに労働者に訓練補助金を支援する国もあります。シンガポールでは労働者が職業人生のどの段階においても訓練が受けられるように、25歳以上に給付金を提供しています。また、フランスも、全労働者を対象に、あらゆる分野の職業訓練に対して給付金を支給しています。

これからは、個々人がそれぞれの選好にしたがい、多様な仕事の可能性のなかで、自分は何をしたいのかを考え、どこに一番意欲があるのかを自ら発見し、キャリア設計していくようになります。そして、そのためには必要となるスキルや能力を身につける必要があります。つまり、労働者それぞれで必要な訓練や教育が異なるということです。

そうした中、労働者の自己開発投資を促すための支援として、自らの意思で教育訓練投資を行う個人の投資経費を課税対象所得から控除する「自己開発優遇税制」の導入を政府は検討すべきでしょう。

労働力が円滑に移動できる流動的な労働市場を構築するために政府ができることは他にも沢山あります。まず重要なのは、日本的雇用慣行を支えてきた税制や労働に関する政策・制度の見直しと改革です。政府は労働移動が不利になるような制度・政策を撤廃し、市場メカニズムを機能させる必要があります。社会保障や税制度は転職に中立となるように改革すべきです。また、雇用調整助成金も見直す必要があります。雇用調整助成金はコロナ禍で失業を抑えるのに一定の役割を果たしたものの、企業に事業構造改革を先送りさせたことも事実です。今後は、労働移動を妨げない雇用安定策へのシフトが求められます。職業紹介や情報提供システムの強化など、マッチング機能の拡充も欠かせません。入社後の活躍、定着を見据えたオンボーディングの活用も有益だと考えられます。