日本人の幸福度が低い理由
社会全体の幸福度を高めるには、経営者にも広めたいと考え、MBAを受講して経営学や組織論なども学ぶ。最新の心理学からマネジメントまで取り入れたカリキュラムを作り、2018年に「ラッセルコーチングカレッジ」を開校したのである。
受講生は、企業の人事担当やマネジャー、経営者、医師、障碍者支援をする人など、それぞれの立場で学んでいる。中原さんがコーチとして心がけていることは何だろう。
「あくまで『well-being』のためという目的を忘れないこと。コーチングというと、目標達成だけにフォーカスするやり方もあるけれど、その先にある「well-being」の状態を目指すということですね。人はついつい自分を否定してダメ出しをしたり、時には傷つけて何かをあきらめようとしたりするけれど、自分らしくありながら、他者とともに幸せに生きる。そのためには自己理解が大事です」
最近はビジネスの世界でも「well-being」という言葉をよく耳にするが、どこか曖昧にも感じる。あえて中原さんに聞いてみると、「いろんな意味があって、思考や生き方が柔軟になるということもあります。例えば日本人の幸福度が低いというデータがいつも出ますよね。あれは社会的寛容度の低さが影響しているんです。日本の社会は失敗に不寛容で、こうしなければならない、こんなことをしたら変な目で見られるとか、自分や周りに対する思い込みが強い。本当は無限にある選択肢を狭く考えているので、自分で何かを選んだという実感が薄いのです。それが幸福度の低さにもつながるのでしょう。人は孫悟空の輪のように自ら認知の枠をきつくはめたり、見えない天井に捉われたりしがちですが、それを外すことで思考や生き方も柔軟になっていくのです」
一瞬一瞬、自分が幸せになるための選択をしていく
女性管理職の受講生も多く、部下とのコミュニケーションや家庭との両立などさまざまな悩みを聞くという。働く女性たちもまさに社会的寛容度が低いことで強いストレスを感じているだろう。子育てと仕事の両立を担うのはやはり女性が中心であり、一方では男女変わらず結果を求められるプレッシャーもつのる。そうした呪縛から自由になるにはどうしたらいいのか。そのヒントを中原さんはこうアドバイスする。
「ご自身がどういう『こうあらねばならない』という思考を持っているのかをまず知ることです。母としてはこうありたい、社会人としてこう生きなければならない……それは自分が生まれてからずっと経験してきたことで積みあげた人生の物語ですね。そのうえで自分は物語の著者であり主人公なので、これからどういう物語を書くのか、主人公としてどう演じていくのか、そしてどんな登場人物から影響を受けるのかを自分で決められるのです。今までの思考や生き方に捉われることなく、自分の選択で新たなストーリーを描いていける。自分が幸せになるための選択をその瞬間、その瞬間にしていけばいいのです」
それは中原さんも自身の人生から学んできたことだろう。子育ても仕事も手を抜かず、人の幸せのためにと必死で走り続けてきたものの、肝心の自分を見失ってしまう。だが、そこでリセットし、新たな人生の扉を開いた先に自分の「幸せ」が見えてきた。そして、その扉を開く鍵は自分の中にあったことも気づく。だからこそ今は、誰しも持つ鍵の開け方を多くの人に伝えたいと願っている。
文=歌代幸子
関西学院大学大学院司法研究科修了。奈良女子大学文学部英文科卒業。大阪大学大学院臨床心理学科科目等履修生。広告代理店・社長秘書・大学病院医事課勤務等を経て生死との向き合いから社会的な痛みを無くし「ひとりひとりの幸福」を志向して司法試験へ。2010年弁護士登録。2018年、ラッセルコーチングカレッジを設立。