選択肢がなくなるまで人間は変われない

——タイトルにある「ディストピア」とは暗黒世界という意味ですが、どういった状況をディストピアと考えていますか。

桜庭一樹『東京ディストピア日記』(河出書房新社)
桜庭一樹『東京ディストピア日記』(河出書房新社)

【桜庭】コロナ禍を経験してみると、「期間限定でたいへん」と思っていたことが、「このままずっと続くのでは」という感覚がディストピア感。本当に、まさか2021年の5月になってもまだ日記に書いた去年と同じ生活をしているとは……。この本が出る頃に3回目の緊急事態宣言が出るとも思わなかったし、12月の日記で「ワクチン打つのが怖い」とも書いていますが、怖いも何も、自分の分のワクチンがまだないとは思っていなかったですね。

——そういうディストピア的な状況でどう生きていけばいいでしょうか。日記の中で桜庭さん行きつけの喫茶店のマスターが「他に選択肢がなくなり、もう変わるしかなくなっちまうまで、人間ってのはなかなか変われない」と言うところが印象的でした。

【桜庭】その言葉はけっこう真理だったなと思います。人間ってあまり困っていないような状況だとそんなに深く考えずに流されていっちゃうけれど、本当に困るとすごく考える。本の最後に、「今が変革の時なんじゃないか」と書いたのは、みんなが本当に困っているからこそ。

今までなんとなく我慢していたことを我慢せずに言うようになったり、よく考えるようになったりするんじゃないでしょうか。アメリカでもBLM(ブラックライヴズマター)の運動が起こりました。「こんなコロナ禍の最中になぜ?」と思ったけれど、危機だからこそ、問題の本質をよく考えて爆発的な動きになったんじゃないかと。追い詰められるのは必ずしも悪いことじゃなく、問題の本質を考えたり変わろうとしたりできるチャンスかもしれない。この日記を1年書き続けてきて、最後のほうではそんな希望も感じました。

構成=小田慶子

桜庭 一樹(さくらば・かずき)
作家

1971年、島根県生まれ。1999年、ファミ通エンタテインメント大賞小説部門佳作を受賞しデビュー。2007年『赤朽葉家の伝説』で日本推理作家協会賞受賞。2008年『私の男』で直木賞受賞。近刊に『小説 火の鳥 大地編<上・下>』がある