高校の時のあだ名が「赤鬼」だった

【長尾】僕はいつも怒ってるから、高校の時のあだ名が「赤鬼」だったんです(笑)。本質的に怒りっぽいのは、今も変わらないんですよね。

萩原さんが「すごく心配した」とおっしゃったように、怒るのって自分の我を通したいということではなくて、もっと良くしたいという思いの表れだったんですよね。「もっとこうした方がいいのに、なんでみんな分かってくんないんだよ」という。

でも、ずっと怒ってばかりいたらだんだん人が離れていくんですよね。それである時、怒っていても物事は前に進まないって気づいたんです。僕、中学、高校、大学とずっとバスケ部だったんですけど、怒っても誰もバスケがうまくならないと気づいたのが19歳くらいのとき。

そこから、どうしたら怒らずに人に気持ちを伝えられるだろうとか、どうしたら不機嫌になったりギスギスしたりしないで物事がうまく進むかな、というふうに切り替えられたんです。萩原さんは、怒るのはやめたほうがいいな、と思った出来事を覚えてますか?

「怒らない」をルール化した理由

【萩原】5年くらい前かな。うちで栽培した小麦を製麺屋さんで乾麺にしてもらって「黒うどん」という名前で売ってるんですよ。袋にラベルを貼るんですけど、けっこう斜めに貼られたりするんで、ちゃんとマニュアルを作って「この位置に貼ろうね」ってやってたんです。それなのに、全部すごく上の方に貼られているときがあって。

僕、その日は何かの理由でほぼ徹夜だったんです。寝てなくて判断力が鈍っていたんですけど、「これじゃ商品になんねぇよ!」って言ったんですね。相手は若い20代の男の子で、スタッフの中でも特に親しかった子です。だから言っちゃえる仲でもあったんですけど、妻が「あんな言い方ない」って。

その子、マッキーっていうんですけど、妻に「マッキーは気にしてないよ」って言ったら、「マッキーは気にしてなくても、周りにいる子がびっくりする」って。「でも俺、寝てなかったしさ」みたいな言い訳はどんどん出てくるんですけど、その日ぐっすり寝たら翌日にすごく反省して。それで「怒らない」ってルールを決めたんです。うっかり寝不足で判断力がなくても、決めちゃえばそれが安全バーになるな、と思って。

マッキーに「ごめんね、あんな言い方して。うちの奥さんに怒られたわ」って言ったら、「いいですよ」って感じだったんですけど、その時から会話には必ずギャラリーがいると意識するようになりました。自分たちの間では通じていても、周りの人が凍りついていることもあるだろうなと思って。それで、自分の中で「怒らない」と決めたらすごくスッキリしました。