「弱い立場に置かれる」ということの意味

たしかに、聞き手側の生徒は痴漢にあいそうになった生徒が「傷ついていない」とは言っていません。でも、その傷つき方が重すぎると言っています。つまり、傷つき方にはちょうどよい程度というものがある、と言っているわけですね。

森山至貴『10代から知っておきたい あなたを閉じこめる「ずるい言葉」』(WAVE出版)
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ところが、すでに考えてきたように、弱い立場に置かれるということは、実際の経験の有無にかかわらずひどく傷つく立場に置かれることを意味しています。であるならば、感じ方が重すぎると言ってしまうことは、相手が弱い立場に置かれてしまっていることを認めていない、ということを意味してはいないでしょうか。

つまり、痴漢にあうリスクをかかえながら通学しなければいけない、という点を無視して、痴漢にあう経験をあたかもおみくじで凶や大凶をひくような、単なる「運が悪かったこと」と同じ程度のものとしてしか聞き手側の生徒は考えていない可能性があります。これがふたつめの理由です。つまり、弱い立場に置かれる、ということの意味を理解していないのです。

裏を返せば、弱い立場に置かれることで傷つけられそうになる経験それ自体が傷つくという経験でもあるのだ、と理解していれば、だれかにつらい経験を打ち明けられたとき、相手の傷の程度を軽く見積もるようなことをせずにすむようになるわけです。「そこまで傷つくことかな?」と言って相手を落胆させたりさらに傷つけたりせずにすむよう、このことをいつも頭の片隅に置いておけるとよいと、私は思います。

ぬけ出すための考え方

相手が傷ついていることを認めなかったり、たいしたことではないと言ってさらに傷つけたりすることがあります。これを避けるためには、弱い立場に置かれるということについての理解が必要です。

もっと知りたい関連用語

【痴漢】

もし「痴漢罪」という言葉があると思っている人がいるとしたら、それは誤りです。電車やバスなどの公共交通機関で他人の身体に許可なくさわる、というイメージがありますが、実際にはそれ以外のところでおこなわれる場合もあり、また身体にさわるのではなく自身の性器を露出する、などの場合もあります。

なので、法律的に痴漢は、刑法176条の強制わいせつ罪、各自治体の迷惑防止条例違反、場合によっては刑法174条の公然わいせつ罪や刑法208条の暴行罪にあたる犯罪として裁かれます。

「痴漢罪」という罪名がないのなら、痴漢は言うほど悪くない行為だろう、というイメージを持つ人がいるかもしれません。でも、痴漢はストーカーやドメスティックバイオレンス(配偶者やパートナーに対する暴力)、強制性交と同じく性暴力です。他人の意志や身体を性的なやり方で傷つける卑劣な行為であるということは、どれだけ強調しても強調しすぎることはありません。

森山 至貴(もりやま・のりたか)
早稲田大学文学学術院准教授

1982年神奈川県生まれ。東京大学大学院総合文化研究科国際社会科学専攻(相関社会科学コース)博士課程単位取得退学。東京大学大学院総合文化研究科国際社会科学専攻助教を経て、現在、早稲田大学文学学術院准教授。専門は、社会学、クィア・スタディーズ。著書に『「ゲイコミュニティ」の社会学』『LGBTを読みとくークィア・スタディーズ入門』『10代から知っておきたい あなたを閉じこめる「ずるい言葉」』『10代から知っておきたい 女性を閉じこめる「ずるい言葉」』。(プロフィール写真:島崎信一)