なぜ日本で「スティーブ・ジョブズ」が生まれないのか

日本では、自分の時間を優先して、皆と歩調を合わせられない人は、変わった人、あるいは協調性がない、大人げない、さらには身勝手な人と思われてしまうかもしれません。

しかし、自分のために時間を使うことは、自分の才能を伸ばす上ではとても大切です。自分の時間は、自分を磨くための「インプット」に欠かせないものだからです。

自分の時間というのは、自由に自分の好きなことに費やせますから、一見不要と思われるようなことでも「インプット」できます。知識やスキルの幅が養える時間、沈思黙考、思考を鍛える時間と言えるでしょう。その時間が才能を育みます。

しばしば、日本ではスティーブ・ジョブズのような天才が現れないと言われますが、それもやむを得ないことなのかもしれません。スティーブ・ジョブズの子供時代は、授業でも何でも興味がもてないと、やりたがらず、すぐにいたずらをするという手のかかる子供でした。

スティーブ・ジョブズが日本で育ったら、「問題のある子」「難しい子」として扱われ、同調することを強いられ、結果、才能を発揮することができなかったかもしれません。

天才を育てるには、「嫌い」を言える環境をつくる

成長段階では、好き嫌いにかかわらずいろいろなことに挑戦させることの意義は大きいでしょう。特に、小学校・中学校で学習する勉強は、学ぶ力の基礎体力のようなものです。その後で好きな学問を見つけ、才能を伸ばす上でも、特に義務教育で身につけた学習習慣や基礎学力は土台となるものです。ですから、ある程度のレベルまでは嫌いだな、辛いなという感情を上手に転換しながら、嫌いなことにも取り組む必要性について、私は否定するわけではありません。

しかし、あるレベルを超えた後、もしくは、天才を育てるという場合には、好きなことだけをやらせて、嫌いなことをやらないことに有効性があることも認めてほしいと思うのです。そのためには、子供が、安心して「これは嫌いだ」と言える環境をつくり、周囲の大人が、それに気付いてあげられるかどうかが重要です。そして、子供の時間を認めて、子供に好きなことをさせてあげてほしいと思います。

本当の天才を育てるためには、好きなことに没頭できる環境をつくり、何が好きで、何が嫌いなのかを把握し、「好き」を大事にするのと同じくらい、「嫌い」という気持ちを大事にするべきなのです。

中野 信子(なかの・のぶこ)
脳科学者、医学博士、認知科学者

東日本国際大学特任教授。京都芸術大学客員教授。1975年、東京都生まれ。東京大学大学院医学系研究科脳神経医学専攻博士課程修了。2008年から10年まで、フランス国立研究所ニューロスピン(高磁場MRI研究センター)に勤務。著書に『サイコパス』『不倫』、ヤマザキマリとの共著『パンデミックの文明論』(すべて文春新書)、『ペルソナ』、熊澤弘との共著『脳から見るミュージアム』(ともに講談社現代新書)、『脳の闇』(新潮新書)などがある。