1月20日に就任したアメリカのジョー・バイデン大統領の妻、ジル・バイデンは、仕事を辞めることが当たり前とされてきたファーストレディになっても、教師の仕事を続けると公言してきた。彼女はどんな大統領夫人になるのか。自伝から浮かび上がる姿を、アメリカの政治に詳しい渡辺由佳里さんが解説する——。
大統領選挙中、デラウェア州ウィルミントンで夫の応援演説をするジル・バイデン夫人
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大統領選挙中、デラウェア州ウィルミントンで夫の応援演説をするジル・バイデン夫人=2020年9月1日

政治に口を出す妻、夫を陰で支える妻

「ファーストレディ」と呼ばれる大統領夫人は、かつては夫の大統領を陰で支えるだけの目立たない存在だった。それを変えたのは1933年から12年間大統領を務めたフランクリン・ルーズベルト(民主党)の妻、エレノアだったと言われる。

ルーズベルトの前任のハーバート・フーバー(共和党)大統領の妻ルーは、1898年にスタンフォード大学で地質学の学士号を取得し、8カ国語以上の言語を学んだ才媛だった。当時の女性としてはまれな学歴を持つフェミニストだったのに、夫が大統領に就任してからは夫を支える活動しかできなくなってしまった。

黒人の公民権など社会正義の実現に情熱を持っていたエレノアは、前任者のように世間からの期待に素直に応じようとはしなかった。健康問題を抱える夫の代わりに選挙キャンペーンに行って講演をし、頻繁に記者会見を行い、定期的に新聞や雑誌にコラムを書き、ラジオ番組に出演して自分の意見を堂々と伝えた。夫の政策に影響を与え、第二次世界大戦中に夫が推進した日系アメリカ人強制収容に反対したことでも知られる、物議を醸したファーストレディだった。

1943年3月、当時のファーストレディ、エレノア・ルーズベルトがアイオワ州の新聞デモイン・トリビューンに寄せた、女性のエンジニア教育に関する記事
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1943年3月、当時のファーストレディ、エレノア・ルーズベルトがアイオワ州の新聞デモイン・トリビューンに寄せた、女性のエンジニア教育に関する記事

85歳のアメリカ人の私の義母は、長年の共和党員であり、それぞれのファーストレディが現役の頃にはかなり率直に評価していた。特にヒラリー・クリントン(民主党)への嫌悪とローラ・ブッシュ(共和党)への好感が記憶に残っているのだが、その口ぶりからは、政治に口を出す妻よりも、夫を陰で支える妻を評価しているようだった。

ところが、今日「最も好きな過去のファーストレディは?」と尋ねたところ、「ファーストレディにはそんなに関心がないから、いちいち覚えていない」と言いつつも「ひとりだけ選ぶなら……」とエレノア・ルーズベルトの名前を挙げたのだ。

これには驚いた。これまでの義母の発言からは、イラク戦争など夫の政策に反対している噂があっても公には夫を擁護したローラ・ブッシュと言うと思ったからだ。