伴侶としてのジョー・バイデン
ファーストレディもセカンドレディも、給料を受け取る仕事を辞めてボランティア活動に専念することが期待されている。独身時代から仕事での成功を夢見る野心家で、結婚してからも重職に就いていたヒラリーやミシェルですら、ファーストレディの間に行ったのは無料奉仕の仕事だけだった。けれどもジルは2009年に副大統領夫人になったとき「好きなことをし続けたい」とコミュニティ・カレッジでフルタイムの教授になる希望を夫に伝え、ジョーは「もちろんやるべきだ」と全面的に支持した。
そういった、これまで私たちが知らなかった、伴侶としてのジョーを見せてくれるのがジルの自伝の魅力だ。フルタイムで働く初めてのセカンドレディの達成は素晴らしいことだったが、その背後には、妻を励まし、応援してきた夫の存在があったのだ。
また、妻の献身もなかなかのものだ。ロサンゼルスで行われた予備選の選挙集会で、酪農業に反対する動物愛護活動家2人が、ジョーが立っているステージに駆け上がってきた事件があったのだが、そのときジルはジョーの前に立ちはだかり、活動家を押しのけたのだ。活動家に歯をむくジルの形相を見たとき、この夫婦の愛と絆の強さを感じた。ジルの自伝は、大部分がジョーや家族に対するラブストーリーなのだが、読んでいるときにこのシーンを思い出した。
史上初の「働くファーストレディ」
ジルはファーストレディになっても教授の仕事を続ける意思を明らかにしており、これはアメリカ史上初めてのことだ。それについて義母が「ジルが仕事を続けたいなら続けるべき。いいことだと思う」と言ったのは、良い意味での驚きだった。なにせ、私が夫と結婚した30年前に「わがままかもしれないが、自分の息子の妻には夫の出世を支える妻であってほしいのが本音」と私に打ち明けた人なのだから。
過去30年のアメリカ女性の生き方が義母の考え方を変えたのだとしたら、多くの保守的なアメリカ人女性にとっても同様だろう。だからこそ、国民から注目されるファーストレディの生き様は重要なのである。
若い頃に結婚に失敗し、悩み、迷い、そのうえで家族愛や人生の意義をみつけたジルは、ファーストレディとして親しみやすいお手本になってくれることだろう。
助産師、日本語学校のコーディネーター、外資系企業のプロダクトマネージャーなどを経て、1995年からアメリカ在住。現在はエッセイスト、洋書レビュアー、翻訳家、マーケティング・ストラテジー会社共同経営者。2001年に小説『ノーティアーズ』で小説新潮長編新人賞受賞。翻訳書に糸井重里氏監修の『グレイトフル・デッドにマーケティングを学ぶ』、レベッカ・ソルニット著『それを、真の名で呼ぶならば』など。著書に『トランプがはじめた21世紀の南北戦争』、『ベストセラーで読み解く現代アメリカ』、最新刊に『アメリカはいつも夢見ている』(KKベストセラーズ)。洋書を紹介するブログ『洋書ファンクラブ』主催者。