離婚、そして9歳上のシングルファーザーとの出会い

副大統領夫人のときからドクターという称号を使ってきたのに、今になって突然批判されるようになったジルは、不意打ちをくらったような気分だっただろう。でも、それがセカンドレディとファーストレディの違いでもある。ファーストレディになると、好むと好まざるとにかかわらず、国民の「お手本」として期待され、予想もしなかったことで批判をされるようになる。

Jill Biden『Where the Light Enters』(Flatiron Books)

前任者のヒラリーとミシェルも、それぞれに厳しい批判をされてきた。でも、ジルは彼女たちとは少し異なるタイプの女性だ。ヒラリーとミシェルはどちらもアイビーリーグ大学の法科大学院を卒業した才媛で、後に大統領になる伴侶と出会う前は、仕事で成功する野心を抱いていた。だが、2019年に刊行されたジルの自伝『Where the Light Enters』を読むと、彼女は人生の意義を見つけるのにかなり時間がかかったことがわかる。

ジルは大学1年生のときにハンサムな元大学フットボール選手と出会って恋に落ち、まだ18歳のときに結婚した。けれどもジル本人が認めるように、2人は若すぎた。2年ほどで仲違いして別居し、苦々しい訴訟合戦の末に23歳で離婚した。その体験から、経済的に独立してひとりで生きていくことを考えていたときに、ブラインドデートで出会ったのがジョー・バイデンなのだが、彼には悲劇的な過去があった。29歳の若さで上院議員に当選した直後に妻と幼い娘を交通事故で失い、勤務先のワシントンDCと住居があるデラウェアを行き来しながら幼い息子2人を育てるシングルファーザーだったのだ。

「夫の人生だけを生きることはできない」

自分探しを始めたばかりの若い女性が、すでに野心的な人生を歩んでいる9歳年上の子持ちの男性と結婚すると、家族の世話に追われて自分を見失ってしまうリスクが高い。

何度プロポーズされても答えをはぐらかしていたジルだが、5度目のプロポーズで「これが最後」と言われて決意した。幼い息子2人が「ぼくたち、ジルと結婚するべきだ」と父親に提言したというのがプロポーズのきっかけだったということだが、ジルの自伝からは、血が繋がっていない息子たちへの深い愛情が伝わってくる。アメリカでは離婚や再婚が多いが、バイデン家の体験は、血が繋がっていない者たちが集まって愛情あふれる家族を作りあげることを強く信じさせてくれる。

上院議員の妻も、専業主婦になって夫と子供の世話をすることが期待されており、ジルもしばらくはそうしたが「夫の人生だけを生きることは自分にはできない」と思うようになった。そこで、教師の仕事に復帰し、夜間に学業を続けて15年かけて修士号2つを取得した。また、そこでやめずに教育学の博士号まで取得したジルが「ドクター」という称号を使うのは、他人へのアピールではなく、諦めなかった自分に対する誇りなのだと私は思った。

「家族の世話もしたいけれど、自分の人生も生きたい」と悩む女性は世界中にたくさんいるはずだ。そういった女性たちは、ジルの粘り強さに励まされることだろう。