50年間、嫁の悪口を一切言わない姑

【樋口】私の身近な女子集団の中に、姑歴50年くらいの人がいるの。彼女は、絶対に嫁の悪口を言いません。とにかく嫁とはずっと同居。それでいて相手に介入しないの。それに、その姑さん、完璧に家事をやる人で。

樋口恵子・上野千鶴子『しがらみを捨ててこれからを楽しむ 人生のやめどき』(マガジンハウス)
樋口恵子・上野千鶴子『しがらみを捨ててこれからを楽しむ 人生のやめどき』(マガジンハウス)

【上野】そういうできた姑が介入しないで黙ってそこにいるっていうだけで、嫁にとってはすごいプレッシャーですよ。私は耐えられないな。

【樋口】ちょっと意地悪心で、彼女はいったいいつ嫁の悪口を言い出すんだろうって待ってるんだけど、全然言わない! 逆に、ことあるごとに褒めるんですよ。「うちのハルコさんはお料理が上手で」、「うちのハルコさんはこんな言葉をかけてくれるの」、「ハルコさんのご実家から電話があって、いついつハルコを貸していただけますかっておっしゃるの。そんなご両親に育てられたからハルコさんはよくできているんですわ」って。

確かに、ハルコさんは器量もいいし、姑の友人とのつきあいも出ず入らずで、姑を差し置いて何かするようなこともないし、さりとて失礼に当たるようなことは絶対しないし、人に抵抗感を持たせない。よくできた人だと思います。でも、どんなにできのいい嫁でも、ずっと一緒にいるとどっかで文句は出るものだろうと思うんだけど、やっぱり出ない(笑)。

【上野】賢い姑と賢い嫁が絶妙の距離をとりながら、お互いの悪口を言わずに半世紀過ごすって、考えただけでも胸が圧迫される思いです。ハルコさん、かわいそう。

【樋口】でも、ハルコさんもストレスでやせて、なんてことはなくて、ふくよかで、穏やかで。これはどっちが偉いんだろうと思ってね。

【上野】それにご実家が「ハルコを貸してください」とおっしゃるのも、ドキッとします。嫁にやるっていうのは、娘を他家にくれてやるという意識、すごいですね。それも嫁哀史の一例ですよ。

【樋口】ハルコさんは、上野さん世代よ。

いい嫁は福祉の敵になる

【上野】私の世代の女たちは、結婚して都会に出てきた場合が多いから、核家族を築いているケースがすごく多いんです。ところが自分が産んだ子どもの数は少なくて、一人か二人だったりするでしょう? そうなると息子か娘を手もとに置いて、できたら同居してほしいと思ってるようです。そういうのを見ると、自分は嫁をやってこなかったくせに、何考えてるんだろうって思う。完全に夫を自分の側に引き込んで、親戚づきあいは妻方ばっかり。好き勝手にやってきた女が、息子は手放したくないなんて、どうかと思う。そういえば樋口さん、昔「いい嫁は福祉の敵」という名言を吐かれましたね。

【樋口】そうそう。模範的な奥様は、ボケた夫や嫁ぎ先の両親を自宅で介護して、あの世に送り届けなければ死ねませんでしたから。

【上野】そういう真面目で責任感の強い嫁が、家父長制を再生産します。

【樋口】やっぱり、「よい嫁は社会の足を引っ張る」ってことね。

樋口 恵子(ひぐち・けいこ)
東京家政大学名誉教授

1932年東京生まれ。東京大学文学部卒業後、時事通信社、学研、キヤノンを経て、評論活動に入る。NPO法人「高齢社会をよくする女性の会」理事長。

上野 千鶴子(うえの・ちづこ)
社会学者

1948年富山県生まれ。京都大学大学院修了、社会学博士。東京大学名誉教授。認定NPO法人ウィメンズアクションネットワーク(WAN)理事長。専門学校、短大、大学、大学院、社会人教育などの高等教育機関で40年間、教育と研究に従事。女性学・ジェンダー研究のパイオニア。