つまりは、脳細胞も筋肉も同じである

【山口】そうすると、松本さんは、新卒で金融の世界に入られて、第一線でずっとやっていらしたわけですが、そのなかで金融の仕事における日々の意思決定とか、ジャッジメントを繰り返すわけですよね。それと、この写真はいい悪い、あるいは、この詩はいい悪いみたいな判断をする感性の部分って、なんかしらの関連性があるとお感じになることはあるわけですか?

【松本】ないですね(笑)。

【山口】ないですか(笑)。しかし、とくに松本さんが最初にいらした外銀(外資系の投資銀行)などですと、ある意味では日々、究極の意思決定を迫られるわけですが、そうすると、金融の世界においての良しあしというのは、どういうふうに判断を?

【松本】ただ、関連はないですけれども、もしかしたら方法論みたいなのは、似ているかもしれないと、いまお話を伺っていて思いました。絵でも、これがいいとか、こういう絵がいいというのではなくて、いっぱい見ているなかで、きわめてパターン認識に近い感じで、これは好きとか、これはいいとかを、瞬間でジャッジする。音楽でも、こうだから好きというのではなくて、これ好きというような感じで、初めて聞いた音楽であっても、明らかに好き嫌いはある。でも、それというのは、初めて聞いた音楽であっても、いっぱい聞いているから、好き嫌いがいえる。

【山口】目利きみたいなところがありますよね。

【松本】ありますよね。金融の仕事でも、数多くこなしているなかで、いちいち細かいところまで追いかけていかなくても、大体この話はおかしいだろうとか、これは大体いいんじゃないか、みたいなのは、なんとなくわかるようになってくる。それというのは、音楽や絵の好き嫌いと同じで、たくさん聞いたり、見たりして、パターンを経験していく、そういうバックグラウンドがあるなかで、瞬時に計算しているのかもしれないですね。

【山口】つまり、表面的な美的な感性とか、そういう話ではなくて、ある種の正しさに至るアルゴリズムというか。松本さんの本とかのインタビューを読んでいると、量が質に転換するという考え方をお話しされることが多いではないですか。ですから、意思決定そのものをものすごいビッグストロークで、乾坤一擲けんこんいってきでやるよりかは、50パーセントより51パーセントの正答率にして、その代わり、数を回すほうがいい。さきほどの写真とジャズと詩と、あと車の話で、少トルク高回転という考え方とか、短くてたくさん見たり、聞いたりできるもの、たくさん味わえるものというのを、たくさん見ていくことで、むしろ精度を上げていくということと近いのかなと。

【松本】近いですね。とにかく何度も、何度も経験して、ある意味PDCAというか、何度も繰り返して、評価軸をつくっていくみたいなところが、私にはある。でもそれって、一方で、15年前くらいかな。アメリカで、あるプロフェッサーの話を聞いたことがあるんです。もう、おばあちゃんで、彼女はUCLAかどこかの脳科学か何かの先生だったんですけど、彼女が言ったのは、脳細胞はプラスティックだと。プラスティックというのは、つまり……。

【山口】可塑性……。

【松本】つまり脳というのは、プラスティックであり、可塑性がある。私の場合は英語もそんなに得意ではないので、ずいぶん歪んで覚えているかもしれないんですけど、つまりは脳細胞も筋肉と同じであると。筋肉については、基礎トレーニングをやらないで、いきなりゲームに勝てるなんてことは、誰も思わないでしょうと。脳みそも一緒だよと。やっぱり反復で使うことで筋が入るのであって、いきなり何かがポンとひらめくなんていうことはないんだというふうに言っていて、それはすごい腹に落ちたんですよね。つまりは、そんなことなのかなと思うんですけど。

【山口】なるほど……。

※第2回へつづく

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(構成=PRESIDENT経営者カレッジ 編集チーム)