直江兼続(なおえ・かねつぐ)
1560~1619。幼名与六。23歳で山城守を称し、越後の戦国大名上杉景勝の執政となる。関ヶ原の戦で減封。米沢藩上杉氏の執政としても藩政確立の総指揮にあたった。朝鮮出征時、漢籍を収集。出版事業「直江版」をおこす。
1560~1619。幼名与六。23歳で山城守を称し、越後の戦国大名上杉景勝の執政となる。関ヶ原の戦で減封。米沢藩上杉氏の執政としても藩政確立の総指揮にあたった。朝鮮出征時、漢籍を収集。出版事業「直江版」をおこす。
愛の話をしましょう。
直江兼続が兜の前立てにあしらっていた「愛」です。
「愛」にはどういう意味が込められていたのか。大きく分けて二説、「愛宕大権現説」と「愛民説」があります。
信長の手法には愛のかけらもない
作家 火坂雅志
1956年、新潟県新潟市生まれ。早稲田大学商学部卒。88年、『花月祕拳行』で作家デビュー。『黒衣の宰相』『忠臣蔵心中』『蒼き海狼』等、時代小説を中心に活躍。第13回中山義秀文学賞受賞作の『天地人』はNHK大河ドラマの原作。中学校野球部在籍時、帽子のツバに『愛』と記していた。
1956年、新潟県新潟市生まれ。早稲田大学商学部卒。88年、『花月祕拳行』で作家デビュー。『黒衣の宰相』『忠臣蔵心中』『蒼き海狼』等、時代小説を中心に活躍。第13回中山義秀文学賞受賞作の『天地人』はNHK大河ドラマの原作。中学校野球部在籍時、帽子のツバに『愛』と記していた。
根強いほうは「愛宕大権現説」です。
戦の神様から一字を採った。兼続が仕えた上杉謙信の「毘」の旗は、毘沙門天の頭文字です。兼続も同様にしたと。いわば「軍神説」で、戦国時代を生き抜く武将ですから合理的な説といえましょう。若い研究者の多くは軍神説を取っているようです。
もう一方の「愛民説」は、愛の前立て兜のある山形県の米沢の地で代々語り伝えられてきたものです。民を愛するという、なにやらロマンチックで、「軍神説」に比べるとやや合理性に欠けます。本当かな、とも思います。
兜の「愛」はどちらの説に拠るのでしょう。それによって主人公の人物像が変わってきますから、小説を書くにあたってずいぶんと悩みました。
そんなとき上杉謙信の語録に行き当たり、愛という言葉が出てきました。
大将はもちろん戦に強くなくてはいけないが、それだけでは立派な大将とは言えない。儒教の「五常の徳」、すなわち「仁・義・礼・智・信」を大切にしてこその大将なんだと。
さらに謙信は言葉を続け、慈愛をもって衆人を憐れまねばならないと言っています。弱い人たちがどうしたら安心して暮らせるのか。ただ偉そうにふんぞり返っているのではなく、衆人のことを考えるのが大将だ。それが「愛」なんだと。この場合の「愛」は「仁」という言葉とほとんど同じ意味でしょう。
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