今回の改正で企業のパワハラ防止措置義務が明文化されたが、大企業では以前より各種ハラスメントに対して課題意識を持って相談窓口を設けたり、就業規則に対策を盛り込んだり、社内研修を行ったりと自主的に取り組んできた。しかし、グラフを見ると相談窓口を設置している企業は全体の73.4%。従業員1000人以上の企業では98.0%と高いが、同99人以下では44.0%と低い数字だ。今回の法制化でパワハラ防止対策に積極的に取り組む企業が増えていくことが期待される。
パワハラの予防から事後対応までを手がける弁護士の菅谷貴子さんは「管理職の人は、自分がハラスメントをしない、職場でも発生させないという防止スキルを持つべきです。女性管理職はかつて、上司のセクハラやパワハラをあしらってきた経験があるかもしれませんが、昔と今では職場に求められるコンプライアンスの感覚がまったく違うことを自覚し、判断を誤らないことが重要」と話す。被害者に対して「これくらいかわせなくてどうするの」「こんなことで音を上げるなんて」といった、間違った価値観を押し付ける“二次ハラスメント”にも注意したい。
パワハラの多くは、認識のズレからはじまる
パワハラの通報を受けた人の多くはパワハラをしている自覚がないという。指導のつもりで行っていたことが、部下にとっては自分を否定される嫌がらせに感じてしまう「認識のズレ」は、上司と部下のコミュニケーション不足から起こるものだ。部下の価値観を尊重し、コミュニケーションが円滑に取れていれば、職場のパワハラは未然に防げる。
「パワハラと認定された案件を見ると、加害者は仕事ができる人である場合も少なくなく、自分と同じ能力や仕事ぶりを部下に押し付けることも。なぜできないのか、自分が鍛えなければ、という価値観の押し付けがパワハラにつながりやすいのです。仕事の優先度は人それぞれであるにもかかわらず、多様性を否定すればパワハラのリスクに」(菅谷さん)。「ダイバーシティが進んでいる企業はパワハラが鎮静化します。この2つには密接な関係があります」(稲尾さん)
日々の自分自身の言動がハラスメントにつながっているのではないかという気づきを持つことも大切だ。「部下にキツくあたっている自覚がある人は、自分が叱責している様子をICレコーダーなどに録音して聞いてみるのも1つの方法です。当事者の関係性や人間性などを抜きにして第三者が客観的に判断したときにパワハラになるかどうか、という視点で聞いてみましょう。危ないなと感じる言動は気をつけるという判断でいいと思います」(菅谷さん)
一方でパワハラ扱いを恐れて部下を叱れないという声も聞こえてくるが、指導とパワハラは別物であることを認識しよう。「自分の仕事のやり方や価値観に相手をあてはめていないか、相手の価値観を否定していないかが見極めのポイントです。パワハラを恐れて言えずにため込んでしまうと、ある日ドカンと爆発して、暴言になりかねません。適切な指導を適切なタイミングで行うことがより重要になってきます」(稲尾さん)