家事を担うメイドがいなくなった
インドの家庭で働くメイドの数は5000万人とも言われている。彼女たちは家事全般をこなし、子守りや老人の介護もする。ディピカさんの家でも、コロナ以前は2人のメイドを雇っていた。早朝にやってきて、前日の皿洗いや食事の支度、掃除、洗濯、老夫婦や子どもの世話、買い物、アイロン……と何でもやってくれた。これまでディピカさんは、メイドたちのお蔭で仕事に集中できていたのだ。
しかもインドの家庭には、掃除機や乾燥機、食洗機などの便利な家電がない。メイドは毎日、砂ぼこりがたまる床をホウキで掃き、棚のほこりを払い、モップをかける。インドの家は広く、掃除ひとつ取っても重労働だ。手間と時間がかかるインド料理を効率的に作るのにも経験がいる。その上、家族の誰もがメイドに頼る生活に慣れており、部屋を汚しても片付けない。ディピカさんの夫のように、保守的なインドの男性の多くは、「食いぶちを稼ぐのは男の仕事」と自負しており家事はまったく手伝わない。
しかし、コロナによるロックダウンで、メイドは勤め先の家庭に行けなくなった。約300世帯の住人がいる筆者の住むマンションでも、住人が情報交換をするグループサイトは、「料理をする人がいない」「高齢者を世話する人がいない」「家事が増えて(在宅で)仕事をする時間がない」など、メイドの必要性を訴える声があふれた。
このため、働くミドルクラスの既婚女性は、突然慣れない家事を一気に抱え込むことになった。ディピカさんのように、突然リモートワークになり、家事との両立がうまくいかず悲鳴を上げる女性の事例が、現地の新聞などでもたくさん取り上げられている。残念ながらディピカさんも、結局リモートワーク中に仕事を辞める決断をした。
これまで働く女性を支えてきたメイドの存在が、インドのミドルクラス家庭の家事労働を旧態依然のままに留めてしまっていた。家事家電の普及を阻み、男女の家事労働の偏りも全く改善されずに来てしまったのだ。経済協力開発機構(OECD)によると、インドの女性は1日平均約6時間の家事などの無償労働をしている一方、男性は約52分。ちなみに日本では女性が約5時間に対し、男性が約62分だ。