危機になると増える「正義中毒」

【牛窪】そうした「正義中毒」の人が、危機的状況だと現れやすいんですね?

【中野】そうなんです。普段からそういう状態の人はいるんですが、危機的な状況だと増えてしまいます。

私たちは普段から、「個人」と「社会」という2つの原理の間のどこかで生きているわけですが、比較的安全な時だと「個人」の原理を優先することができます。しかし、危機的な状況の場合は、みんなで立ち向かわないと乗り越えられないので、「個人」よりも「集団」の原理が優先されるようになります。それで、脳が「危機だ」と判断すると、「みんなのために何かをしない人は、悪だ!」となってしまう。

戦争のときなども、そうなりやすいんです。「みんなのために戦わない人は非国民だ」というような気持ちになる人が増えていきます。

「一億総監視社会」のしんどさ

【牛窪】東日本大震災の直後は、「日本国民が一丸となって、乗り越えていこう」と、いい意味での連帯感が生まれたのに、今回はまだ渦中にあるからか、一体感が弱い。先が見通せないという不安感に加えて、正義中毒の人が増えると、世の中全体が息苦しくなりますね。それが今の「コロナ疲れ」につながっているように思います。

脳科学者中野信子さんとマーケティングライター牛窪 恵さん

【中野】

本当にそうですね。今回の新型コロナでは、日本社会の強みと弱みがはっきり出てきた気がします。「みんなで一丸となって対応しよう」という雰囲気になり、衛生に対する意識がさらに高まったところは良かったと言えると思います。とはいえ、「一丸となって」というのは「諸刃の刃」でもあります。「一人だけわがままに振る舞う」ということは許されない空気が醸成されていって、まるで互いに監視し合っているような息苦しさを生むことにもなります。そのストレスも、「コロナ疲れ」の一因かもしれません。

本当は、誰か裁量権を持った人が「いついつまでは外出禁止」と明確で強いメッセージで打ち出すのが良いのでしょうが、実際はかなりの部分が個人の判断に任されているので、かえってお互いが監視し合い、密告しあっている状態を助長しているようなところがある。日本独特の現象がさらにエスカレートしかねないようなときだと思います。

【牛窪】「一丸となれる」ということはつまり、「一億総監視社会」にもなりやすいという怖さがあります。英語圏では、新型コロナウイルスの正式名称「COVID-19」と「IDIOT(愚か者)」を組み合わせた「Covidiot」という造語も生まれ、ハッシュタグをつけてSNSで吊るし上げるような傾向も出始めました。日本でも、休校中の子どもが公園で遊んでいると、「家にいるべきではないのか」と、教育機関に苦情が来たりもしたようです。

【中野】今はちょっと息抜きに近くを散歩しただけでも、責められそうな雰囲気があります。「あふれる正義」の時代はしんどいですね。

【牛窪】そうですね。しんどい。でも恥ずかしながら、「正義を振りかざして誰かを叩きたい」という気持ちは、自分の中にもあるかもしれません。

【中野】人間がもともと持つ社会性に則した行動なので、叩きたくなる、というのは自然なことではあるんですよね。でも今は、ちょっと行き過ぎたところが目立ってしまっているかもしれませんね。

【牛窪】ただ、そういう危機状況での心理について知れば、自分の心の動きも俯瞰して見られるようになる。それだけでもずいぶん違うように思います。

構成=大井明子 撮影=プレジデントウーマン編集部

牛窪 恵(うしくぼ・めぐみ)
マーケティングライター、世代・トレンド評論家、インフィニティ代表

立教大学大学院(MBA)客員教授。同志社大学・ビッグデータ解析研究会メンバー。内閣府・経済財政諮問会議 政策コメンテーター。著書に『男が知らない「おひとりさま」マーケット』『独身王子に聞け!』(ともに日本経済新聞出版社)、『草食系男子「お嬢マン」が日本を変える』(講談社)、『恋愛しない若者たち』(ディスカヴァー21)ほか多数。これらを機に数々の流行語を広める。NHK総合『サタデーウオッチ9』ほか、テレビ番組のコメンテーターとしても活躍中。

中野 信子(なかの・のぶこ)
脳科学者、医学博士、認知科学者

東日本国際大学特任教授。京都芸術大学客員教授。1975年、東京都生まれ。東京大学大学院医学系研究科脳神経医学専攻博士課程修了。2008年から10年まで、フランス国立研究所ニューロスピン(高磁場MRI研究センター)に勤務。著書に『サイコパス』『不倫』、ヤマザキマリとの共著『パンデミックの文明論』(すべて文春新書)、『ペルソナ』、熊澤弘との共著『脳から見るミュージアム』(ともに講談社現代新書)、『脳の闇』(新潮新書)などがある。