解雇されたエンジニアとともにチームを結成
鎌倉さんの起業の支えになってくれたのが、仲間の存在だった。
提供できるシステムがなければ、ビジネスが成り立たない。同じく解雇された親会社のエンジニアに「一緒にやってくれないか」と声をかけた。技量が分かっているので、安心してシステムの開発を任せられる。鎌倉さんの熱意を受けて、フランス在住のフランス人とチュニジア人、日本在住のスウェーデン人という3人の優秀なエンジニアが仲間に加わってくれた。
折よく、世界的にインターネットが普及して、秘匿性やセキュリティを保ちながらネット経由でデータをやり取りできる環境が整ったことも追い風になった。オンライン上で利用できるクラウドサービスとして提供すれば、大幅なコストダウン化が図れる。それだけ多くの人に使ってもらえるはずだと、確信は高まった。
4人の役割分担として、鎌倉さんがプロジェクトマネジメントと営業を担当し、3人のエンジニアは開発に注力。こうして、海をまたいで手を取り合った多国籍チームは、自分たちのクラウドサービスの提供に向けて動き始めた。
成功を信じながら、無給で走り回った1年半
アガサのビジネスモデルは、毎月定額の利用料を払うことで、自由に使用できるサブスクリプション型だ。できるだけ多くの人に活用してもらいたいという思いから、医療機関向けに設定した料金プランは1ユーザーあたり月額490円。間違いなくニーズはあるし、使ってもらえれば、良さを実感してもらえるはずだという自負もあった。
サービスの提供を開始してまもなく、以前取引していた大手大学病院が、早々に導入を決めてくれた。幸先のいいスタートに、社内は大いに沸いたけれど、その後の契約は簡単にはいかなかった。
ワンコインの利用料では、ユーザー数を増やさないと立ちゆかない。しかし、治験の文書管理という特定のニーズに対応したシステムだけに、ターゲットは治験をやっている病院に限られる。信用を積み重ねながら、数カ月を費やして、地道に契約を増やしていくしかなかった。
そうしているうち、ランニングコストがじわじわと資金繰りを脅かし始めた。退職金を元手とした最初の資本金が早々に底をついてきたので、経費節約のために自分の給料は全てカットすることを決めた。
「幸い、結婚して家族がいたので、生活面は助けてもらいました。それに、サービス内容に自信があったので、資金調達をお願いすればどこかが出資してくれるはず、なんとかなると楽天的に思い込んでいました。今振り返ると、なんとも無謀でしたね」
新米社長の行動力は並外れていたが、資金調達のやり方は根本的に間違えていた。サービスの良さをどれだけ訴えても、現場のドクターならともかく、治験の事情を知らない人には響かない。何のためにいくらの資金が必要なのか、数字の根拠を出さなければ、相手も援助のしようがない。当時は、そんなことも知らなかった。
いたずらに時間がすぎていくことに焦りを感じながらも、「このサービスを提供する意義を分かってくれる人はいるはず」と信じて、次から次へと訪ね歩いた。どうにか、医療分野に詳しいベンチャーキャピタルに巡り合い、1度目の資金援助を受けられたのは、来月には資金がパンクするというギリギリのタイミングだった。
有り難かったが、必要な資金には届かず、急場をしのいだにすぎない。2回目の資金援助を取り付けて、十分な運転資金を確保するまで、鎌倉さんが無給で働いた期間は1年半にも及んだ。