写真提供=JFEホールディングス
2002年5月、日本鋼管(NKK)と川崎製鉄の経営統合契約書の調印式で握手する半明正之NKK社長と數土文夫川崎製鉄社長(いずれも当時)。

それから、もうひとつ。「想定外」という言葉を簡単に口にする人がいますが、上に立つ人ほど、想定外というのは口にしないほうがいい。想定外に陥ってしまったら、それは自分の能力が足りなかったせいです。

そして、ここからが肝心なのですが、じつはこのピックアップこそが人を育てるのです。考えてみてください。曹操がいつ人材を育てたでしょうか。織田信長が、豊臣秀吉がいつ、部下を育成したでしょうか。

曹操や信長がやったのは、適時適切な人材のピックアップです。むしろ、ピックアップ以外はやっていないといっていい。これぞという人間を抜擢し、仕事を任せる。それが、人間の能力を発揮させる最良の方法です。

そればかりではありません。抜擢を目の当たりにした周囲の人間は、自分も抜擢されたいと思い、そのための力をつけようとします。それぞれが切磋琢磨せっさたくますることで、能力ある強い人材が勝手に育つのです。

ピックアップに敵う人材育成なし。そういったこともまた、中国古典は教えてくれます。

「うちの有利子負債はいくらだ?」

では、ピックアップのための人材は、どのように見つけるのか?

私の体験で、このようなことがありました。のちに電力会社の会長を務めたときのことです。財務担当者を呼び、「うちの現在の有利子負債はいくらだ?」と尋ねたところ、「約8兆円です」と。

私は言いました。「約8兆円とは何だ。何億何千万円の単位まで言ってもらいたい」。

当時の担当者は優秀なのですが、言えなかった。私はこう続けました。「それを削ろうと四苦八苦しているのが君の仕事じゃないか。正確な数字を記憶しておかずに、どうしてそれができるのだ」。

さらに「その金利はいくらなんだ」と畳みかけると、「約○.○%です」と、小数点以下一桁までの概数しか言わない。

私はその数字を、小数点以下三桁まで正確に記憶していました。

「下三桁までちゃんと覚えておくんだ。その数字を何とか下げてもらおうと、君の部下が銀行や融資先に頭を下げているのだろう。その部下を統括する君が、正確な数字を把握していなかったらどうするんだ」

財務担当者はぐうの音も出ません。「会長、いつの間に、そんなに財務に詳しくなられたんですか」と聞くものですから、こう言ってやりました。

「君はどうしてそんなに詳しくないんだ?」

もし、このとき財務担当者が正確な数字を答えていたら、何が起きたか。逆に、ピックアップの候補者として、目に留まったのではないでしょうか。たとえばの話です。

組織のなかで身を立て、いずれリーダーとなるための知恵を得る。その意味でも、古典や歴史には大きな価値があります。

(文=荻野 進介 撮影=小川 聡)