子どもの心を開かせた大人の言葉

カリヨンを始めたばかりのころ、実際にそういうことがあった。最初はどうしていいかわからず、スタッフは翻弄され続けた。そこで坪井さんはその子に直談判した。「もうやめて。このままではスタッフみんながだめになってしまう。カリヨンを存続できなくなる。そんなことをしなくても、みんなあなたのことを見ているから大丈夫だよ。誰もあなたを見捨てないから」と伝えた。

おおたとしまさ『ルポ 教育虐待』(ディスカヴァー携書)

子どもは、「うわー!」と大声をあげて泣き出した。そして「『出て行け』って言われなかったの、初めてだよ」と言った。

するとその子は「なんで出て行けって言わないの?」と坪井さんに突っかかってきた。

坪井さんは目を見開いて言い返した。「あなたさ、どっこも行くところがなくなって、カリヨンにたどり着いたんだよね。そのあなたに『出て行け』って言ったら、それは『死ね』って言ってるってことじゃない。私たちはね、子どもの命が守りたくてこのシェルターをつくったんだよ。口が裂けても『出て行け』とは言わないからね!」

「出て行け」と言う親は自分が家を出るべき

小さなころから「言うことを聞かないのなら出て行きなさい!」と言われて育ってきた。子どもが家を追い出されたら、それはすなわち死を意味する。つまりその子はそれまでずっと「言うことを聞かないのなら死になさい!」というメッセージを受けとり、脅されながら育ったのだ。

「私はずっと、『死ね!』『死ね!』と言われて育ったの。『出て行け』って言われなかったのは初めてだよ」とその子は語った。それから彼女は本当の意味でカリヨンのスタッフに心を開くようになった。

「その子がどれだけ辛い人生を歩んできたことか。子どもに『出て行きなさい』は絶対に言ってはいけないのです。そう思うのなら親が家から出て行くべきです。親は家を出ても死にませんから。でもこれは氷山の一角だと思います。世の中には同じくらい辛い思い、もしかしたらもっと辛い思いをしている子どもがたくさんいます。その現実をみなさんに知ってほしい。だから私はこうやって話します。それが知ってしまったひとの使命だと思っています」

写真=iStock.com

おおた としまさ(おおた・としまさ)
教育ジャーナリスト

1973年、東京都生まれ。麻布中学・高校卒業。東京外国語大学英米語学科中退、上智大学英語学科卒業。リクルートから独立し現職。近書に『21世紀の「男の子」の親たちへ 男子校の先生たちからのアドバイス』。