ベンチャーでの経験から服装自由化へ
それが、6月から始まった「服装自由化」だ。男性はスーツ姿が当たり前の不動産業界では、かなり大胆な試みと言えるだろう。風土改革のスピードを上げるには思い切った施策が必要と考えたからだそうだが、石川さんがずっと抱いてきた疑問も実施の原動力になった。
「旧態依然とした風土には、以前から疑問を感じていました。私はベンチャー企業へ出向した経験があるからかもしれません。当時、服装や勤務時間など自由度の高い環境に触れて、自分の会社とのあまりの違いに驚いたものです。そこから、仕事をきちんとしていればどんな格好でもいいんじゃないか、スーツを着ていれば真面目風に見えて、本人も仕事をした気になるなんていうのはおかしいんじゃないかと思うようになりました」
また、長く共働きをしてきたため、子どもの送り迎えと仕事との両立に、もどかしい思いをした経験もあるという。こうした思いは、自分らしく働きたい、家族との時間を大切にしたいという若手社員の価値観とも一致している。
とはいえ、世代的には“昭和の男”。自身もハードワークを美徳としていたことがあったのではないか、そんな意地悪な質問に、「やりたくてやっていたわけではありません。会社に行くのが嫌いなタイプだったので」と笑って返す。
昭和の男だが価値観は現代的──。そんな石川さんが改革の担い手になったことで、野村不動産に変化が生まれ始めている。
表面的な施策で終わらないように
ウェルネス推進課が活動を始めてから1年、目指す風土改革は徐々に実現しつつある。健康をおざなりにした昭和的働き方をする人や、ハードワークを武勇伝として語る人は少しずつ減少。残業削減も進み、若手社員からは「以前から早く帰りたいと思っていたので、それが叶ってうれしい」という声が上がるようになった。
女性社員も変化を実感しているようだ。徳永さんと田中さんは、モバイルPCが支給されて直行直帰しやすくなったほか、女性だけでなく男性が子どもの健診で休むことも普通になったという。服装自由化はまだ始まったばかりだが、女性陣は「うちにはおしゃれな男性役員がたくさんいるので、役員から率先してやってほしい」と期待を寄せる。
「“野村の男”も変わりつつあります。健康意識の向上を通して互いに思いやれるカルチャーをつくり、服装自由化を通して古い慣習を壊していきたい。社員にも社会にも、野村不動産は変わったんだと認知してもらえるよう、腰を据えて取り組んでいきます」と石川さん。
社が掲げるウェルネス経営への取り組みは始まったばかり。健康研修も服装自由化も“変化”が伝わりやすい施策ではあるが、“改革”という面から見ればやや表面的な印象を受けざるを得ない。ブラック企業からの卒業は、旧態依然とした働き方や全社員の意識を変えたその先にある。野村不動産の取り組みの成否は、変化を積み重ねていけるかどうか、その効果を抜本的な風土改革へつなげられるかどうかにかかっていると言えそうだ。