絵画の「教養」はこう生かす

本書では、知識量を追う従来の教養観に対しては、どちらかといえば否定的な立場を取っています。

会話の中に故事を挟んで「もっともらしさ」を加えたり、海外事例を持ち出して自説を強化したりといったテクニックについては、ビジネスにおいて役立つ場面もあると思いますが、それは本質的な意味での教養とは別物だと考えています。

しかし、たとえば絵画に関する知識について「教養を身につけるうえで不要だ」というわけでもありません。

藤垣裕子、柳川範之『東大教授が考えるあたらしい教養』(幻冬舎)

大切なのは、そのような知識を身につけたとして、「具体的にどのように生かすか」です。

筆者(柳川)があるシェフから聞いてなるほどと思ったのは、「ヨーロッパではアートはビジネスコミュニケーションのためにある」という話です。

そのシェフのレストランの個室には有名画家の絵が飾ってあります。それは単なる飾りではなく、レストランの格を高めるために壁にかけられているのでもありません。

ビジネスパーソンが取引先と初めて食事をともにするとき、その絵について会話し、コミュニケーションのきっかけにしてもらうのが目的なのだそうです。

異なる会社、異なる業界のビジネスパーソン同士は、バックグラウンドも大きく違うことが多いといえます。共通の話題がすぐには見つからないときに、絵画を間にスムーズに会話を進めて場を温め、そこからビジネスの話に入っていくわけです。

この点、アートは世界共通であり、会話をはずませやすいのが利点といえます。

国際社会で必要な教養とは

ビジネスで海外の人とやりとりするときには、ある程度の教養が必要だということはよくいわれます。

「自国の歴史については知っておくべきだ」
「世界的に話題になった映画くらいは見ておくべきだ」

こんなアドバイスを見聞きしたことがある人は少なくないでしょう。

このようなアドバイスは、「バックグラウンドが異なる人同士がスムーズにコミュニケーションをとるために」活用できる知識があるとよい、というところに真意があるはずです。

たとえば、絵画の知識をたくさん身につけて「この絵はピカソの『青の時代』の作品だ」ということがわかるようになっても、その知識を介して他者とコミュニケーションを深めることができないのであれば、「教養」という観点ではあまり意味がないといえるでしょう。

逆にいえば、さほど詳しい知識がなくても、関心を示す態度や、意識的にコミュニケーションをとって関係性を深めるというスタンスがあれば問題ないとも考えられます。