男性社会も商品企画の壁も乗り越えて

だが、上司や先輩と積極的にコミュニケーションをとり、月イチペースで工場に通い続けるうち、男社会の壁は徐々に解消。仕事への真摯な姿勢も認められて、多くの男性が女性ならではの意見を新鮮に感じ始め、耳を傾けてくれるようになった。

2019年、スイスで開かれた世界最大級の宝飾・時計見本市「バーゼルワールド」にて。英語で「グランドセイコー」のプレゼンを行った。

実力を発揮できる環境を自ら作り上げ、翌年には課長に昇格。クレドールの新シリーズ「アクア」を成功させたのち、レディスマーケティング企画部へ異動、今も女性たちから支持され続けている「セイコー ルキア」の商品企画に携わる。そして、続いて手がけた「セイコー M」が、その後のキャリアを決定づけた。

「この時、開発に加わった外部コンサルタントに大いに鍛えられました。何となくきれいな言葉を並べてプレゼン資料を作ったら、真剣に怒ってくれたんです。これが本当に伝えたいことなのか、それはなぜか、もっと自分に問い直せと。私は、今までの経験からこれでいいんだと思い込んでいて、マーケティングや伝えることの本質を見ていなかった。叱られてばかりでしたが、そのぶん学んだことも多く、キャリアの中でエポックと言える経験でした」

理想の筋書きが砕け散った瞬間

2008年に発売された「セイコー M」は、タフなイメージと高級感を兼ね備えた女性向け腕時計だ。コンサルタントと庭崎さんが考えたコンセプトは「女スパイの腕時計」。開発前には、女スパイの生き様を体感しようとニューヨークやカリブ海へ出張に行き、元FBI捜査官などへのインタビューも敢行。役員たちへの最終プレゼンで使おうと、この模様を撮影したドキュメンタリー映像も作った。

ところが、戦略を練りに練って挑んだ役員会議で、思いがけない悲劇に見舞われる。不運としか言いようのない出来事だったが、上司は「君の準備不足だ」と激怒した。

「セイコー Mは、チームの皆で一生懸命進めてきたプロジェクト。役員会議でのプレゼンは、その集大成だったんです。コンサルタントに叱られた部分もきちんと詰め直して、説明もスムーズに進んで、役員の反応も上々でした。よし、後はドキュメンタリー映像を流せば大団円だと思ってVTRのスイッチを押したら……流れなかったんです」