夫の年収を8倍にした妻

だがいまだに、「旦那さんが稼ぐ人なんだから、奥さんは働く必要ないじゃない」という軽口を褒め言葉だと思って、無邪気に口にする男たちがいる。そして「私が働く意味ってそういうことじゃないのに」と思っても口にできない、もしくは話が長くなって面倒くさいという働く女性がいる。夫が稼いでいれば妻は働かなくてもいいという人たちにとっては、そんな妻の仕事は「道楽」「贅沢」「働かせてもらっている」と映るようだ。

知り合いに「結婚して夫の年収を8倍にした」という逸話を持つ、自身も高所得の共働き女性がいる。彼女が気分良く酔った時に炸裂させるお決まりのネタは、仕事で出会い一目惚れした現在の夫を「私と結婚したら絶対に出世させるから」と口説き、彼の当時300万円の収入の中からかなりの金額を投資していいスーツとバッグと靴と時計を身につけさせ、生活費は妻の稼ぎで賄って、するとトントン拍子で旦那さんが出世し、年収2400万円になったよという笑い話だ。夫は地頭(じあたま)が良く世の中を見通すセンスにも優れ、他人の評価を気にしない。何よりも「この人は成功してどんどん磨かれていい男になっていくだろうなと想像できる、ダイヤの原石みたいなイケメンだったのよ」と、妻はベタ惚れ。「もちろん、渦中にいたときは不安で、何かと近所の神社や夫の会社の氏神である神社へ、せっせと神頼みに行ってたわよ」と付け加え、毎回その場の爆笑を誘う。

この話をすると女性は年代問わずみんな「それ面白い!」と食いつくのに対し、それを聞く中年男性は必ず消極的な感想を口にして、この話をシンプルに楽しめないのが、かえって面白い、と彼女は語る。

「有能な奥さん」に引く男たち

男たちはどうやらまず「年収8倍、2400万円」、しかも「奥さんが有能な女」というところで引くようなのだ。「どこかで自分と比べるみたいなんですよね」と彼女は言う。気後れやひがみを表出させるようにして、「それって特殊な業界の話でしょ」とか、「初めはヒモみたいな男だったんだね。奥さんが貢いでくれてよかったね」「外見だけでそこまで上っても、あとで実力がバレたら転落するんじゃないの」とか、愚にもつかない感想を口にする。

あのねぇ、本当に外見だけでそこまで上り詰めるわけないでしょう、人心を掴む魅力も実力もあるのを、奥さんは見抜いていたから惚れ込んで投資したんじゃないの、と、口の悪い私などは「あんたたちはそんなんだから……」と言いたくなるわけだが言うまい。(いや、言ったも同然だけど。)

そして、その愚にもつかない感想の1バリエーションとして「奥さん働く必要ないじゃない」が出るというのだ。そう言われ慣れた、当の「自分が働きながら夫の年収を8倍にした」彼女は、「皇室の美智子上皇后だって、雅子皇后だって共働きなんだが?」と失望を隠さない。