大切なあの日にもう一度立ち会う
ファンタジックな設定が心地いいこの物語の本質は、「思い出の復元作業」に名を借りた、タイムスリップの旅にある。
92歳のハツ江は、戦後の混沌の中で保母として生きたある日の1枚を。何者かに刺殺されて写真館にやってきた47歳のヤクザは、営んでいたリサイクルショップの従業員と過ごした日を。そしてまだまだ遊びたい盛りであった7歳のミツルは――。
それぞれが大切なあの日にもう一度立ち会い、在りし日を反芻しながら、自らが見る走馬灯の、最後のピースを手に入れていく。さまざまな人生模様とその機微が、ハートウォームな人情譚に仕上げられている点も、本作の大きな見どころだろう。
ちなみに余談ではあるが、こうした走馬灯現象は、実は世界各国で報告されている。といっても決してオカルトめいた話ではなく、脳の機能に関わる生理現象の1つで、「パノラマ記憶」と呼ばれるものだ。これを走馬灯と表現した日本人の感性は悪くない。
「みなさん、ここにいらしたことや、写真を自分で選んだことは、お忘れになるんだと思います。ただ、走馬灯を見た記憶だけは、うっすらと残っているのではないでしょうか」
こうして走馬灯の存在が知られているのは、ごくまれに、この写真館を経てから現世に戻る臨死体験者が存在するためだと平坂は語っている。彼らはきっと、さらに大切な思い出を増やして、いつの日か写真館を再訪することになるのだろう。
“日常の謎”路線への転向で大きく花開いた才能
ところで、著者の柊サナカは本来、こうした温かみのある物語よりも、アクション性の高いエンターテインメントを得意とする作家であった。なにしろデビュー作『婚活島戦記』(宝島社文庫)は、タイトルから類推できるように、ある青年社長の妻の座をゲットするために、花嫁候補の女性たちがバトルを繰り広げるという、エキセントリックな物語なのだ。
同作はエンターテインメントの名門、「このミステリーがすごい!」大賞に応募されたものだったが、惜しくも最終選考で落選。しかし、一部の選考委員から熱烈な支持を受け、無冠のままデビューに至った経緯がある。
作風に変化が見られるのは早くも3作目、『谷中レトロカメラ店の謎日和』(宝島社文庫)からで、これは下町のカメラ屋を舞台に写真やカメラを糸口に謎を解いていく、“日常の謎”系と呼ばれるジャンルに属する連作ミステリーだった。
翌年にはその続編、『谷中レトロカメラ店の謎日和――フィルム、時を止める魔法』(宝島社文庫)が上梓されるなど、新境地への進出は上々の成果を得たように見えるが、著者は後のインタビューで、「(担当編集者から)次は日常系で、と言われ本当に困ってしまいました」と当時の苦労を明かしている。
死後に走馬灯をつくる物語が日常系と言えるかどうかはさておき、少なくとも優しさと温かさを内包する世界観には、万人を引きつける魅力があるように感じる。本作『人生写真館の奇跡』を読み終えた読者は、きっと著者の次回作を心待ちにするに違いない。