キュレーターとしてキャリアを持つ著者
原田マハがつむぐ物語は、いつだって美しい。本作の読後に残る余韻は、名画にふれたあとの感傷にもよく似ていて、文芸もまたアートであることをあらためて実感させてくれる。
デビュー当初は、同じく小説家として名を馳せる原田宗典の実妹という素性にばかり注目が集まった原田マハだが、すっかり人気作家の仲間入りを果たした今では、そのアートに対する深い造詣は多くの読者が知るところである。大学で美術史を専攻し、新森ビル美術館(設立準備室)やニューヨーク近代美術館に勤務した後、フリーのキュレーターとして活躍した彼女のキャリアはなかなかに華々しい。
そして2005年、『カフーを待ちわびて』(宝島社文庫)で第1回日本ラブストーリー大賞の受賞者として、颯爽とデビューを飾った作家・原田マハ。出自こそ恋愛小説ということになるが、フランシスコ・ゴヤの作品、『着衣のマハ』『裸のマハ』から採られた筆名からして、アートこそ自身最大の武器と、当初から腕を撫していた様子がうかがえる。
作家としてのキャリアも順風満帆で、12年に山本周五郎賞を、17年に新田次郎文学賞をと、順調にタイトルをコレクト。さらなるビッグタイトルもすでに射程に捉えているといっていい。
日本だけでなくフランス・パリにも拠点を持ち、ルソー作品の真贋に迫るプロセスをミステリー的手法で描いた『楽園のカンヴァス』(新潮文庫)を執筆した際には、わざわざルーブル美術館の隣にアパートを借りて住んだという逸話もある。アートへの深い造詣も含め、もはや彼女でなければ描けない世界があることは疑いないところだ。
美術の世界から文芸に越境してきた異能の筆は、今もなお、多くのアートから得た感性を血肉としながら、精力的に作品を送り出しつづけている。小説だけではない。世界各地を取材してまわった紀行エッセイや、そこで食したグルメエッセイなどを読むにつけ、原田マハがいかに楽しげにこの世界をサバイブしているかがうかがえる。
1枚のアートに勇気づけられることがあるように、原田マハの文章によって明日への活力を得る読者も少なくないのではないか。その手始めとして、本作『常設展示室』はうってつけだ。
フリーライター
1974年生まれ。旅・酒・文芸を中心に活動中。主な著書に『この場所だけが知っている 消えた日本史の謎』(光文社知恵の森文庫)、『作家になる技術』(扶桑社文庫)、『一度は行きたい戦争遺跡』(PHP文庫)、『物語で知る日本酒と酒蔵』『日本クラフトビール紀行』(ともにイースト新書Q)、『怪しい噂 体験ルポ』『R25 カラダの都市伝説』(ともに宝島SUGOI文庫)ほか。