「何気なく手に取った一冊で、人生が変わった」。そんな経験のある人は多いのではないでしょうか。雑誌「プレジデント ウーマン」(2018年1月号)の特集「いま読み直したい感動の名著218」では、為末大さんや西野亮廣さんなど11人に「私が一生読み続けたい傑作」を聞きました。今回はその中から映画監督の佐々木芽生さんのインタビューを紹介します――。

インドでまさかの「ゼロ」の状態になった

大学生のときにヨガを始めて、インドに興味を持ちました。藤原新也さんの『印度放浪』とか、小田実さんの『何でも見てやろう』とか、いろいろ読んだ中で一番印象に残ったのが沢木耕太郎さんの『深夜特急』。「いつかこういう旅をしたい」と、すごく憧れたんです。

(上)映画監督 佐々木芽生さん、(下)最新作『おクジラさま~ふたつの正義の物語』が全国順次公開中。

大学卒業後に就職した会社は、体を壊して2年ほどで退職。そして向かった先がインドでした。沢木さんのように3等列車に乗り込み、ぎゅうぎゅう詰めの車内で荷台に横になったことを覚えています。当初3週間ほどで帰国する予定が、結局インドとネパールに計4カ月も滞在。最後にはお金も底をつきました。

当時のインドは関税が高く、ジーンズやTシャツなど外国人の持ち物を皆ほしがったので、全部売ってお金に換えて。ほんとに無一文になったとき、「何かを失う」恐怖から解放されました。そのとき、「これから先、もし失敗しても戻ってくるところがこの無の状態だったら幸せだな」と思ったんです。

最初に「ゼロ」の概念を考えたのはインド人です。25歳のとき、そのインドでまさかの「ゼロ」の状態になった。人間ひとり生きていくために必要なものって、こんな最小限なんだと思いました。解放されましたね。私の本当の人生のスタート地点だったと思います。

東京を出てインドに行く前、立ち寄ったバンコクで世界一周チケットを購入していました。インドから、ロンドン、ニューヨーク(NY)を経由して東京に帰る予定でしたが、NYに着いたとき、ポケットには20ドルしかなかった。しばらく滞在したくなり、仕事を探したらすぐに見つかって、就労ビザも出してもらえることになりました。それから30年。いまだにインドからの帰国の旅の途中なんですよ(笑)。

NYは街自体が「小宇宙」。世界中のあらゆる人種、宗教、価値観を持った人がいて、最低のものも最高のものもそこにある。世間体などお構いなしに、やりたいことが思う存分できて、自分らしくいられる街です。監督デビュー作『ハーブ&ドロシー』を公開したときも、私の年齢や国籍は一切紹介されなかった。日本なら「なぜ日本人がユダヤ人のアートコレクター夫婦を撮ったの?」と聞かれるかもしれません。作品だけで評価される、そこは米国のすごいところだと思います。