精神的に追い込まれたときに読んだ「愛」の本
2012年に現役を引退するまで、僕の仕事はアスリートとして、ひたむきに走り、ハードルを跳び越えていくことでした。個人競技においては記録がすべてで、向き合う相手は常に自分。自分の肉体と心を扱わなければならない、とてもセンシティブな戦いです。勝ってもそこでおしまいではなく、いつのどのトレーニングがよくて、メンタル状態がどうよかったのかを分析する必要がある。だからこそ、己を知ることがとても大事なんだと日々感じていました。
▼禅の世界に魅せられて、「愛」の本にたどり着く
そんな僕が、精神的にもっとも追い込まれていた06年くらいのことです。競技で結果が出せず、悶々(もんもん)としながら海外で合宿していた僕は、英語が苦手なこともあって、ホテルにこもって本を読みあさっていたんです。その中に、忘れられない1冊があった。
精神分析家で哲学者でもあるエーリッヒ・フロムの『愛するということ』。この本を手にするきっかけが、仏教哲学者の鈴木大拙です。戦略的に技を磨いて、いかに戦わずして勝つか。そんな禅問答のようなことを常々考えていた僕は、禅への興味から大拙の本に目を通していたのですが、その彼と親交が深かったのがフロム。一体、どんな考えが学べるのだろうと期待しながら本を開きました。
「愛は技術である」。これが本書の重要なキーワードです。一般的に、愛の問題は“誰かに愛される”といった対象の問題と捉えられています。どうすれば相手に気に入られるかを考えたり、愛する対象を追い求めて、運命の出会いを探すこともあるでしょう。でも、それは“愛”というより“欲”なんですよ。