「何気なく手に取った一冊で、人生が変わった」。そんな経験のある人は多いのではないでしょうか。雑誌「プレジデント ウーマン」(2018年1月号)の特集「いま読み直したい感動の名著218」では、為末大さんや西野亮廣さんなど11人に「私が一生読み続けたい傑作」を聞きました。今回はその中から「きんゆう女子。」代表の鈴木万梨子さんのインタビューを紹介します――。

人生の機微に触れ、受け入れる経験に

私は特別に読書家ではなく、活字に長時間没頭するのも、実は苦手。それでも、毎月3冊ほどの書籍を購入します。本は情報収集やインプットの手段であるとともに、心のリフレッシュにも。リラックスしているときに読むと、内容もすっと入ってくるように思います。だから、お風呂のなかでの読書は最高の癒やし。パラパラと眺めたり、気になる章だけをピックアップして読んだりすることもあります。読書家の方には、「もったいない」、あるいは「なんてぜいたくな!」と驚かれてしまうかもしれませんね。

TOE THE LINE代表取締役・きんゆう女子。代表鈴木万梨子

そんな私が何度も繰り返し読んでいる1冊が、夏目漱石の名作『こころ』です。

初めて手にとったのは、高校生のころ。教科書に1部が載っていたから読んでみた、というのが正直なところです。でも、当時はまだ主人公である「私」や「先生」、「K」の胸の内を想像することができなかった。こんな言葉にできないようなことが起こりえるのだろうか、と不思議に感じたことを覚えています。

それが20代になって読んでみると、複雑な感情や関係性に思いを馳せ、共感しながらページをめくるように変化。ただ、妻に秘密を持ったまま生きていくという選択をした「先生」に対しては、そうした生き方を強いられることへの哀れみ、また真実を明かさない「先生」を糾弾したい気持ちもどこかにあったように思います。

今、もう1度読み返してみるとどんな人でも「先生」が持ち続けたような苦悩に直面する可能性はあるし、誰だって少なからず秘密を抱えて生きているものだと考えさせられます。10代、20代のころは、友人や同僚、関わる人すべてときちんと話をするべきだと思い込んでいたし、大切な人のことは全部知っていたかった。この本を読むと、そうした気持ちが年をとるごとになくなっていることに気づきます。

打ち明けられない過去も、話したくないマイナスな部分も、誰もが当然のように持っているもの。それを受け入れるゆとりができてきたのかもしれません。成長とともに感想が変わるのが『こころ』の面白さのひとつだと感じます。インパクトのあるストーリーですが、何度読んでも新鮮で、陳腐化せず、現代社会に通じる普遍性がある。名作といわれる所以を、読むたびに実感します。