心を激しく揺さぶられるような運命の本とはどう出会えるのか。多摩大学大学院経営情報学研究科教授の堀内勉さんは「そのときの自分の心の状態、つまり心構えがその本との出会いを決める」という――。(第2回/全4回)

※本稿は、堀内勉『人生を変える読書 人類三千年の叡智を力に変える』(Gakken)の一部を再編集したものです。

ふと手に取った『幾山河――瀬島龍三回想録』

ふと手に取った一冊が、瀬島龍三の『幾山河――瀬島龍三回想録』(産経新聞社)でした。

どのような経緯でこの本を手にしたのかは、いまとなってははっきりと覚えていません。私の父が軍人だったこともあり、陸軍大学を主席で卒業して大本営という日本軍の中枢にいた超エリートである瀬島龍三が、11年にも及ぶシベリア抑留を経て、その後、伊藤忠商事の会長にまで上り詰め、さらには中曽根政権のブレーンとして行政改革で中心的役割を果たしたという波瀾万丈の人生に興味を持ったからだと思います。

瀬島龍三は、山崎豊子のベストセラー小説『不毛地帯』(新潮文庫)のモデルにもなった、とても毀誉褒貶きよほうへんの激しい人物でした。ただ、私が興味を持ったのは、彼のドラマチックな出世物語ではなく、彼がシベリア抑留時代を回顧した部分です。

雪山のイメージ
写真=iStock.com/Evgeniy Romanov
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初めて本に激しく心を揺さぶられた

その一節に、「人間性の問題」という次のような文章があります。

自身が空腹のときにパンを病気の友に分与するのは、簡単にできることではない。しかし、それを実行する人を見ると、これこそ人間にとって最も尊いことだと痛感した。

「自らを犠牲にして人のため、世のために尽くすことこそ人間最高の道徳」であろう。

それは階級の上下、学歴の高低に関係のない至高の現実だった。

私は幼少より軍人社会に育ち、生きてきたので、軍人の階級イコール人間の価値と信じ込んできたが、こんな現実に遭遇して、目を覚まされる思いだった。軍隊での階級、企業の職階などは組織の維持運営の手段にすぎず、人間の真価とは全く別である。

それまで銀行というピラミッド社会を生きてきた自分も、こうした人間の真実に気づかないまま、「会社内の階級=人間の価値」と信じ込んできたのではないか? そんな自分の内面というのは、本当は何もない空洞にすぎなかったのではないか?

そうした思いが心の中で渦巻いていました。

このとき、身につまされながら読んだ『幾山河』は、私の心に染み入るように深く強く入り込んできました。本を読んで、これほど激しく心を揺さぶられた体験は、生まれて初めてのものでした。

こうした出会いを「運命の一冊」というのかもしれません。あるいは、現代風に言えば、セレンディピティ(運命的出会い)とでもいうのでしょうか。

ただ、いま振り返ってもう少し冷静に考えてみると、それはたんなる抽象的な出会いではなく、そのときの自分の心の状態、つまり心構えがその本との出会いを待ち受けていたということのような気がします。

本との出会いも、まさに恋愛のように、出会いのタイミングが重要です。そして、それぞれの人にとって、そんな「いまの自分にとっての一冊」が、きっとどこかにあるのではないでしょうか。