「芋のすり方」が腕の見せ所

主人の青野輝信さん。京都で菓子の修業をし、生家の「青野」を受け継いだ。

薯蕷饅頭は、最も高い技術を要する和菓子だといわれている。食べれば店の実力がわかる、という和菓子通もいる。難しさはどこにあるのか。社長に就任する前は職人として励んだという青野さんが、苦労を思い返しながら語ってくれた。

「肝は、まわりの皮となる生地づくりです。原料は、山芋のなかでも一番コシの強いつくね芋が主役で、あとは米粉と砂糖だけ。材料がシンプルなだけに、一つ一つの工程にごまかしがききません」

生地のつくり方をざっくり説明すると、芋をすり、砂糖を混ぜ、米粉を加えて練る。その工程のなかで最も気をつかうのはどこかとたずねると、「芋をする作業」だと青野さん。

薯蕷饅頭の特徴は、山芋の力で生地をふっくら蒸し上げる点にある。いの一番のすり方次第で、蒸し上ったときに膨らみ過ぎて表面が割れてしまうこともあれば、膨らみが足らずに固い食感になってしまうこともあるそうだ。

「芋をすると、じょじょに粘りが出て、空気を含んでいきます。“空気を抱き込む”という言い方をするのですが、この抱き込み具合が仕上がりの鍵を握ります。芋は、産地や収穫の季節によって質が違いますからね。その質を見極め、どこまでどうすりあげるか。職人の勘の働かせどころです」

その後も、すり上げた芋の状態によって米粉の配合を変え、蒸す際は生地の割れを防ぐために状態によって酢水を吹きかけたり、かけなかったり。思った以上に緻密なものだった。

「甘さを控えめ」に変えた理由

1個630円。「饅頭一つ」という頭で考えると値の張る品だが、つくる手間を考えれば妥当だろう。それゆえ、「決して利益に貢献する商品ではありません」と青野さんは言う。けれども、と続ける。

「これを目当てに来てくださるお客様がいる。それに、和菓子の技術を若い職人たちに伝承していく務めがありますから、やめるわけにはいきません。つくり続けるべき一品です」

さまざまな古き良き伝統技術が消えつつある時代に、頼もしい言葉である。

味はどうなのだろう。「老舗として、変わらぬ味を貫いているのでは?」と問えば、「時代に合わせて変えているのですよ」という意外な答えが返ってきた。

昨今の健康志向も手伝って、日本人は砂糖の甘さを控える傾向にある。一般に売っている洋菓子も飲料も糖分をカットした商品が増えている。“甘さ控えめ”というフレーズは珍しくない世の中になった。

「以前、味を変えていないときにお客様から『最近、甘くなったんじゃない?』と言われたことがありました。世間の味覚は変わったんだ、と痛感しました。ならば、私どもが変わらねば、お客様が感じる『変わらぬ味』を提供できないと思いました。『五彩饅頭』の場合は、甘さを微妙に控えめにし、あんを以前よりしっとりさせることにしました」

己をかたくなに貫くのではなく、あくまでも顧客目線――。長く愛され続ける秘訣はそこにある。