刷り込みの基準を捨て自分だけの幸せを

不妊治療はやめどきが難しい、とよくいわれる。医療技術の進歩とともに、年齢が上がっても治療が“できてしまう”からだ。採卵ができなくなる年齢まで続けても授からず、辛い気持ちを何年も引きずっている女性は多い。マサヨさんのように新しい目標を見つけられず、「子ども」にこだわり続ける人もいる。

「そのこだわりが、『子どもがいるほうが幸せ』という社会的規範を基準にしているなら、注意が必要です」

そう指摘するのは、フェイスブックで「子どものいない人生を考える会」を運営するキャリアコンサルタントの朝生容子さん。

「『大きい会社に入ったほうが幸せ』『結婚しているほうが幸せ』『子どもがいるほうが幸せ』と、私たちはどこかで刷り込まれています。でも、現実には必ずしもそうではないという調査結果も出ています。もし自分の幸せをそうした基準で判断しているなら、まずその基準を捨て、自分らしい“幸せの要素”を見つけることが大切だと思います」

産むことに執着せず、人生を楽しんでいる女性もいる。

兄が体を壊したことがきっかけで、育てた会社を数年前に清算。一度主婦になったが、再び健康を取り戻した兄とともに、新会社で少しずつ働き始めている。※写真はイメージです

都内在住のミサキさん(52歳・仮名)は、学級委員長でクラスのマドンナといった感じの知的な女性だ。大学卒業後、大企業の事務職として数年働いていたが、IT系の会社を起業し、上場を目指す兄を手伝うために転職。昼夜を問わず懸命に働いてきた。

「28歳のとき、高校の同級生と結婚したのですが、新婚時代もお互いに深夜まで働く日々。彼はメーカーの営業職として、私は兄の会社の経理と総務を兼務して、従業員が働きやすい環境をつくるのに腐心していました。夕食づくりや洗濯などは、近くに住む母が手伝ってくれていたので、何とかやってこられました」

ミサキさんにはそもそも、子どもを持たなければという強い思いはなく、むしろ、産まないほうが賢明という考えに近かったという。

「今の時代に生まれる子どもは幸せなのだろうか、自分にまともな子育てができるのだろうか、仕事との両立はどんなに大変なんだろう。そんな不安ばかりが先に立ってしまって。両親の仲が良い一般的な家庭に育ったのに、なぜそう思うようになったのか……。でも私が結婚した頃はバブルが崩壊して閉塞感が漂っていた時期でした。そうしたことが影響したのかもしれませんね」

全力で仕事をした30代に後悔の念はまったくない

本人が強く意識しようとしまいと、子どもを持たなければいけないという一種の社会規範に抗(あらが)い、それを捨てたせいか、ミサキさんの夫婦関係はシンプルに保たれ、大きな波風が立つこともなかった。

「彼とは単純に一緒にいたいから結婚し、夫婦として生活しているだけ。無理をしないから夫婦生活はいたって楽です。私はどこか大人になれていないのかもしれないけれど、子どもがいないから、人として成長できないわけではないと思う。深夜まで働いて、会社を支えてきた日々に、まったく後悔はありません」

子どもが成長する喜びや、子どもとともに困難を乗り越える達成感を味わうことはない。でも、夫と2人で仲良く暮らしていく術(すべ)は心得ている。

「互いに名前で呼び合い、いつまでも20代のような気分でいられるのは、子どもがいないからかもしれません。そろそろ老いに備える年齢にさしかかってきましたが、健康でいる限り、夫婦で旅行などを楽しみたいです」