1歩を踏み出すことは、大それたことではない

シルク・ドゥ・ソレイユに入団するには、当然オーディションがある。世界各国から多数の応募があるという。

ステージの前後は入念に全身をほぐす。愛用のマッサージグッズは、2個のテニスボールをテーピングしたもの。すごい腹筋!さぞかしトレーニングを積んでいると思いきや、「余計な筋肉は必要ないから」と筋トレはしていないそう。

「応募用のビデオでは、体操クラブの片隅で、ニット帽をかぶって自己紹介して、創作ダンスを踊りました。パナマで覚えたメレンゲやサルサも踊ったかな(笑)。その後で体操のテクニックを披露したんです」

映像を送って2週間後、宮さんは、何千人もの応募者の中から“映像のみ、オーディションなし”で採用という、異例の入団連絡を受けた。

「アクロバティックディレクターがビデオを見て一目で『こいつがほしい』と言ってくれたそうです。あまり背が高いとダメなんですよね。舞台装置の制限もあるから」

どこまでも謙虚な宮さんだが、『トーテム』の演出家、ロベール・ルパージュも認める「ステージ・プレゼンス(存在感)」は、当時から群を抜いていたに違いない。

そうしてカナダ・モントリオールのシルク本社に合流したのが2009年。宮さんは、2010年に初演が予定されていた『トーテム』のクリエイティブ段階から、舞台制作に携わることになる。

「大学卒業以来、僕はやりたいことに向かって前進してきました。悩みもしましたけど、1歩を踏み出すことって、大それたことじゃないんです。これは若い人にも是非伝えたいと思います」

恥ずべきところのない、まっさらな人として

現在、宮さんは『トーテム』アーティストとして1人3役をこなす活躍をする一方で、自身の出演演目「カラペース」のキャプテン兼コーチとして、後進のアーティスト育成も担っている。

シルク・ドゥ・ソレイユは多国籍なアーティストたちの集団だ。それを1つにまとめるには、どんな気配りが必要なのだろうか。

「まずお互いの文化を尊重することです。僕らの場合は、同じゴールに向かって歩いています。そこが明確なので他のことで神経質になる必要はないんですね。僕自身、どちらかというと寛容な性格なのだと思います。

コーチとしては、どうしたら信頼されるか、ということをパナマ時代に学んだ気がします。誰から見られても恥ずべきところのない、まっさらな人として、いい人であるということは大切な要素かもしれません」

本番前、カエルのメイクに取りかかる宮さん。手順通りに、手早く仕上げていく。ロベール・ルパージュによる演出は、音楽、コスチューム(衣装)、振付など細部に至るまで美しさを追求している。化粧筆を持つ二の腕が……たくましい!