大スパンの美しさに魅了されて

廣作さんが建設の世界に惹(ひ)かれたきっかけは、高校時代に訪れた東京都庭園美術館だった。

「正面玄関のガラスレリーフ扉を見たとき、本当に感動してしまって」

それはフランスの工芸家、ルネ・ラリックの作品で、女性が大きく翼を広げた姿に目を奪われた。

「感動した理由をうまく言葉にはできないけれど、もし自分が作った何かに対して、誰かがそんなふうに感動してくれたらどんな気持ちがするだろうって。そんな思いを抱いて、建築学科に進んだんです」

大学では建築の構造計算を専門とした。そんななか、彼女は次第に大スパン(柱などの間隔を大きくとった構造)の美しさに魅了され、そういった現場に立ちたいと考えるようになった。それが大手ゼネコンを志望した理由だ。

顔を合わせた作業員には積極的に声をかけ、現場の情報を収集。こまめなコミュニケーションが廣作さんへの信頼につながっている。

大成建設に入社して以来、彼女には胸の奥に留めていることがある。就職活動中、同社に勤める大学のOBに言われたこんな言葉だ。

「この業界はあまり女性がいないから、『結婚や出産ですぐに辞める』と初めから期待されていない雰囲気があるかもしれない。それは覚悟しておいたほうがいいかもしれないね」

建設業界で働く女性の割合は今でも低いが、彼女が入社した頃はさらにずっと少なかった。だが、この「助言」を聞いたとき、むしろこの業界で働く覚悟が決まったと彼女は話す。

「だったら、何があってもこの世界で絶対に頑張り続けようと思ったんです。もし私が軽い気持ちで会社に入って簡単に辞めたら、そうした視線がもっと強くなってしまうでしょう?」

廣作利香(ひろさく・りか)
1971年生まれ。日本大学理工学部建築学科を卒業。2007年に大成建設の駅前再開発の現場監督を担当する。その後複数の現場を経て、現在は約800人が働く建築作業所で副所長を務めている。

撮影=村山嘉昭