大成建設で唯一の女性副所長である廣作利香さん。「女性はすぐ辞める」という建設業界の偏見を乗り越えた彼女が、一番大切にしていることとは?

2015年5月中旬のある日、廣作利香さんが働く東京・六本木の建設現場は、一足早く夏が来たような日差しに照らされていた。800人からなる作業員が、資材が積まれた仮囲いの中で、汗を拭いながら仕事を続けている。

この現場の名は、六本木三丁目東地区第一種市街地再開発事業施設建築物新築工事。来年予定される竣工(しゅんこう)時には、40階建てのオフィス棟とレジデンス棟が並び、六本木1丁目にそびえる泉ガーデンタワーと対になる。

巨大な建設現場だ。廣作さんは、その施工を担う大成建設で唯一の女性副所長である。

大成建設 東京支店 1級建築施工管理技士 廣作利香さん

同プロジェクトの現場は工場長を頂点に、4人の所長、6人の副所長という体制で工事が進められている。彼女が担うのはオフィス棟の一部における内装で、10人ほどのチームを率いる。

ヘルメットをかぶって建設現場を歩くとき、彼女はベテランから若手まで幅広い年齢層の作業員に、気さくに声をかけていた。

「現場というのは、どんなに大きくても私たちが一から手づくりしていく場所。こうした季節の変わり目は、作業員さんたちが体調を崩しやすいので、それだけ配慮が必要なんです」

建設工事の現場は、圧倒的に男性が多い。そこへ廣作さんが現れると、作業員たちの表情がたちまちなごむ。

だがその理由は、彼女が女性だからというだけではない。見ていると、これまでのこまやかな気遣いが、彼女への信頼につながっているようだった。

【上】3343人中、廣作さんは唯一の女性副所長。【下】仕事の必需品は、ネーム入りのヘルメット、反射ベスト、5.5mのスケールと安全フックがついた安全帯。

「現場の雰囲気をつくるために大切なのは、実はとてもささいなことだったりするんです」と彼女はにこやかに言った。

例えば名札をなくしてしまった作業員がいれば、すぐに新しいものを手配すること。無造作に転がっているクギや板をきちんと片づけること――。

そうした小さな気配りの一つ一つが、現場の安全や働きやすさにつながる。何より、その際に交わすちょっとしたやり取りが、作業員たちとの円滑な関係を生み出すという。

「だから、私は上下関係や年齢に関係なく、気づいたらすぐ物事に対応することをモットーにしてきました。普段、こまめに会話を交わしているからこそ、『あの箇所は納まっていないけど大丈夫かな』『じゃあ、俺が見ておくよ』といった大切なコミュニケーションも増えていくんです。男性の管理者の中には、そういうことに無頓着な人もいます。その意味では建設現場って、実は女性に向いているんじゃないかと私は思うんですよ」

大スパンの美しさに魅了されて

廣作さんが建設の世界に惹(ひ)かれたきっかけは、高校時代に訪れた東京都庭園美術館だった。

「正面玄関のガラスレリーフ扉を見たとき、本当に感動してしまって」

それはフランスの工芸家、ルネ・ラリックの作品で、女性が大きく翼を広げた姿に目を奪われた。

「感動した理由をうまく言葉にはできないけれど、もし自分が作った何かに対して、誰かがそんなふうに感動してくれたらどんな気持ちがするだろうって。そんな思いを抱いて、建築学科に進んだんです」

大学では建築の構造計算を専門とした。そんななか、彼女は次第に大スパン(柱などの間隔を大きくとった構造)の美しさに魅了され、そういった現場に立ちたいと考えるようになった。それが大手ゼネコンを志望した理由だ。

顔を合わせた作業員には積極的に声をかけ、現場の情報を収集。こまめなコミュニケーションが廣作さんへの信頼につながっている。

大成建設に入社して以来、彼女には胸の奥に留めていることがある。就職活動中、同社に勤める大学のOBに言われたこんな言葉だ。

「この業界はあまり女性がいないから、『結婚や出産ですぐに辞める』と初めから期待されていない雰囲気があるかもしれない。それは覚悟しておいたほうがいいかもしれないね」

建設業界で働く女性の割合は今でも低いが、彼女が入社した頃はさらにずっと少なかった。だが、この「助言」を聞いたとき、むしろこの業界で働く覚悟が決まったと彼女は話す。

「だったら、何があってもこの世界で絶対に頑張り続けようと思ったんです。もし私が軽い気持ちで会社に入って簡単に辞めたら、そうした視線がもっと強くなってしまうでしょう?」

廣作利香(ひろさく・りか)
1971年生まれ。日本大学理工学部建築学科を卒業。2007年に大成建設の駅前再開発の現場監督を担当する。その後複数の現場を経て、現在は約800人が働く建築作業所で副所長を務めている。