小さな国々が国境を接するがゆえに戦争を繰り返した欧州。自分たちを壊滅させた大戦レジームへの反省と、折り重なる歴史の悲劇の重みと、表面だけ乾いたようで内部ではいまだ膿み続けるおびただしい大小の傷の痛みから、欧州「共同体」として再生する道へ一致した欧州各国のあまたの利害に想いをはせる。蒼き地中海の対岸に北アフリカが広がり、トルコを防波堤代わりに異教徒たるムスリムの国々の息づかいを間近に感じ、域内に第2次大戦の連合国と枢軸国が同居し、冷戦の東西を同居させた欧州共同体。そんな混沌の中に秩序を築くことを目指し、しかも「人の行き来は自由でなければならない」と信じることの重さよ。それを「もはや強迫観念的ともいえる固執」と指摘した人がいたが、その通りだと思う。
さて、そんな歴史的、地理的文脈の中の思想国家フランスだからこそ、思想闘争をするテロリストはそこを舞台に選ぶ。それを私のフランス語の先生は示唆したのだ。良くも悪くも、どこか同じようにイデアに囚われ、米国のようなモノやカネが決めるプラグマティックな合理性には一瞥(いちべつ)もくれず純粋な精神性にこだわる国だから。そしてそんなフランスが放つ超然と強い光が地中海の向こう側で煌々とするさまを、イスラムは否応にも視界に入れて暮らしているからだ。テロ後、フランスの各新聞・雑誌には”La guerre”(戦争)の字が踊った。美意識を尊ぶ人々が感情を傷つけられたとき、その反撃もまた感情的となる。スイス時代の私のフランス語の先生はブルネットのフランス人美女だったが、私が文法の質問をするといつも「だって、そのほうが美しいから」と言うのが口癖だった。理屈を超越して「美しいかどうか」が基準となる、その人たちが「戦争」という言葉をとうとう口にするのは、まさかそれが美しいからではないだろう。
フリーライター/コラムニスト。1973年京都生まれ、神奈川育ち。乙女座B型。執筆歴15年。分野は教育・子育て、グローバル政治経済、デザインその他の雑食性。 Webメディア、新聞雑誌、テレビ・ラジオなどにて執筆・出演多数、政府広報誌や行政白書にも参加する。好物は美味いものと美しいもの、刺さる言葉の数々。悩みは加齢に伴うオッサン化問題。