民意とズレる「永田町の論理」
報道によれば、皇室典範の改正に賛同してきた憲法学者の百地章氏は、「最低でも4人くらいは(皇族の)養子になっていただくと」安心だと発言している(「Nスタ」10月23日放送)。そうなれば、皇室の将来は安泰だというわけである。
そうしたことが、麻生氏の言う明るさの根拠になっているのかもしれない。だが、どう考えても百地氏の望むことが実現されるとは思えない。実際、旧久邇宮家の久邇朝宏氏は、皇族に戻ることの難しさを語っている(「news zero」6月22日)。
世の中には、「永田町の論理」という言葉がある。永田町とは、国会議事堂がある地名で、国会議員には一般国民にはとても理解できない独特の論理があるというわけである。そんな言葉が生まれたのも、国会議員の考えることと国民の望むことの間に、しばしば大きなズレが生じるからである。
麻生氏の発言などは、間違いなくそのズレの代表格である。麻生氏は、今回の皇室典範の改正成就を偉大な業績ととらえ、そこからも高市政権を評価しているのだろう。
国民も、この1年の動きに明るさを感じているのなら、皇室典範を再改正すべきだという声が上がることはなかったであろう。しかし多くの国民は、本当の意味で「明るさ」を感じられるような、再改正を求めているのである。
国民の前に姿を現さない高市首相
高市政権の場合、発足当初は高い支持率を獲得し、「高市人気」と評された。総選挙で圧勝したのも、そのためであると指摘された。
その後、支持率は徐々に下がってはきているものの、最近の政権のなかでは、支持率は高い。少なくとも、政権交代が起こる危険水域にまで落ち込んでいるわけではない。最近の支持率は、ほぼ横ばいである。
しかし、高市人気といわれても、あまり実感が湧かなかった。それも、高市首相が国民の前に姿を現すことが少ないからではないだろうか。
その点については、8月22日に共同通信が伝えている。その時点で政権発足以来10カ月が経過していたが、その間に首相が地方視察に赴いたのはわずか8回である。これは、同期間における岸田元首相の31回、石破前首相の22回を大きく下回る。
しかも、高市首相の地方視察は、地震被害地域への訪問が3回で、広島・長崎における「原爆の日」関連が2回、残りは来日した海外首脳に同行したときである。
高市首相は、休みの日など公邸にこもって政策について熱心に勉強に努めているといわれ、睡眠時間を削っていることが問題になったりもしたが、どうやら国民と直接に接することには力を入れていないのだ。
これでは、国民の間で人気があるのかどうか、それがはっきりしない。頻繁に地方を訪れ、各地で大歓迎を受けるなら、どの程度の人気なのかもわかるが、その機会がそもそも乏しいのだ。