改正された皇室典範は、10月24日に施行された。皇室史に詳しい島田裕巳さんは「今後の成り行きが注目されるところだが、『皇位継承から女性が除外されるのはおかしい』という声がさらに高まっている」という――。

麻生副総裁発言「日本は明るくなった」

またしても政治家と、国民感情のすれ違いが露呈した。皇室典範改正後の、自民党副総裁・麻生太郎氏の発言である。

改正皇室典範施行2日前の10月22日、改正作業において主導的な役割を果たした麻生氏は、自らが率いる「志公会」と呼ばれる麻生派の会合で、「この1年、日本は間違いなく明るくなったと感じる」と、高市早苗政権を高く評価する発言をしたという(10月22日付産経新聞)。

改正法は10月24日に施行されたが、「皇位継承から女性が除外されるのはおかしい」。そうした声が施行前から高まっていた。改正皇室典範は、すでに「再改正」の必要が叫ばれているにもかかわらず、麻生氏からこうした公の発言がなされたのだ。

自民党では、2023年に表面化した政治資金パーティーにおける、いわゆる「裏金問題」を契機に、6つあった派閥のうち5つが解散した。ところが、麻生派だけは解散しなかった。麻生氏が、いまだに政局運営において大きな力を発揮しているのも、そのことが影響している。

しかし、今なお派閥を残していること自体が、時代に逆行するものである。まして、そのトップの口から「日本が明るくなった」という発言が飛び出しても、国民の実感とは明らかにズレている。

何を根拠に「日本が明るくなった」のか

今、多くの国民が懸念しているのは、物価の上昇であり、金利の上昇による将来への不安である。金利が上昇したことで、住宅ローンの金利も上がっている。いったいこれからどうなるのか。不安を抱えている一般市民は少なくない。

わが家の近くによく行くイタリアンの店があり、そこが最近リニューアルした。その店主は、建築資材のあまりの高騰ぶりを嘆いていた。その店がオープンしたのは22年前だが、その時と比較して2.5倍にも上がってしまったというのだ。

今年9月の全国消費者物価指数は、前年同月比で2.1%上昇した。建築資材をはじめ、消費者物価指数だけでは捉えきれない価格上昇も続いている。それがいつ収まるのか、先がまったく見通せない。

麻生氏は、いったい何を根拠に「日本が明るくなった」と言っているのか。誰もが首をかしげたくなるところである。

そんななか、「愛子天皇」待望論をめぐって新たな動きが起こった。

秋季雅楽演奏会の会場に到着された天皇陛下と長女愛子さま=2026年10月24日、皇居・宮内庁楽部[代表撮影]
写真=時事通信フォト
秋季雅楽演奏会の会場に到着された天皇陛下と長女愛子さま=2026年10月24日、皇居・宮内庁楽部[代表撮影]

「憲法違反」で国を訴えた漫画家

「愛子天皇」待望論の火付け役になったのは、漫画家の小林よしのり氏である。小林氏は、『愛子天皇論』(扶桑社)を立て続けに3冊刊行し、その動きを確実にリードしてきた。

漫画家の小林よしのり氏(2025年7月)
漫画家の小林よしのり氏(2025年7月)(写真=基準点なアセスメント/CC-BY-4.0/Wikimedia Commons)

その小林氏が、改正された皇室典範は憲法に違反するとして国を訴えたのだ。小林氏は、改正された皇室典範において、旧宮家からの養子が可能になったことを問題視している。

日本国憲法の第14条では、「門地」による差別を禁止している。門地とは家柄のことであり、新たな養子制度が旧宮家という特定の家にだけ可能になったのはそれに反しており、改正皇室典範は無効だというのである。

小林氏は、違憲の疑いがある法律を成立させたことで精神的苦痛を受けたとして、あわせて100万円の損害賠償を求めている。

新たな「差別制度」化する改正皇室典範

天皇や皇族の場合には特殊で、すべての国民が入っている戸籍には記載されていない。その代わりに皇統譜に記されているのだが、これまでほかに、特別扱いされる国民はいっさいいなかった。にもかかわらず、なぜ旧宮家の人間、しかも、その家の男子だけが養子となって皇族になることができるのか。そこに、これまで存在しなかった「特権階級」が生まれてしまったのだ。

これは、新たな差別が生まれたことを意味する。しかも、養子は男子に限定されるし、皇族の女性が結婚後に皇室にとどまっても、その配偶者や子どもは皇族にはなれない。こちらは明らかな女性差別である。しかも、女性は皇位を継承できない。これこそが、男尊女卑である。

新たに門地による差別や女性差別が法律として成立してしまったことは、日本社会が、差別の撤廃という面で、はなはだしく後退してしまったことを意味する。時代に逆行しているといわざるを得ないのだ。

それは国民にとって暗い出来事であり、とてもそこに明るさを見いだすことなどできない。

民意とズレる「永田町の論理」

報道によれば、皇室典範の改正に賛同してきた憲法学者の百地章あきら氏は、「最低でも4人くらいは(皇族の)養子になっていただくと」安心だと発言している(「Nスタ」10月23日放送)。そうなれば、皇室の将来は安泰だというわけである。

そうしたことが、麻生氏の言う明るさの根拠になっているのかもしれない。だが、どう考えても百地氏の望むことが実現されるとは思えない。実際、旧久邇くに宮家の久邇朝宏あさひろ氏は、皇族に戻ることの難しさを語っている(「news zero」6月22日)。

世の中には、「永田町の論理」という言葉がある。永田町とは、国会議事堂がある地名で、国会議員には一般国民にはとても理解できない独特の論理があるというわけである。そんな言葉が生まれたのも、国会議員の考えることと国民の望むことの間に、しばしば大きなズレが生じるからである。

麻生氏の発言などは、間違いなくそのズレの代表格である。麻生氏は、今回の皇室典範の改正成就を偉大な業績ととらえ、そこからも高市政権を評価しているのだろう。

横浜・センター北駅で演説する自民党の麻生太郎氏(2016年6月)
横浜・センター北駅で演説する自民党の麻生太郎氏(2016年6月)(写真=Pollyanna1919/CC BY-SA 4.0/Wikimedia Commons)

国民も、この1年の動きに明るさを感じているのなら、皇室典範を再改正すべきだという声が上がることはなかったであろう。しかし多くの国民は、本当の意味で「明るさ」を感じられるような、再改正を求めているのである。

国民の前に姿を現さない高市首相

高市政権の場合、発足当初は高い支持率を獲得し、「高市人気」と評された。総選挙で圧勝したのも、そのためであると指摘された。

その後、支持率は徐々に下がってはきているものの、最近の政権のなかでは、支持率は高い。少なくとも、政権交代が起こる危険水域にまで落ち込んでいるわけではない。最近の支持率は、ほぼ横ばいである。

しかし、高市人気といわれても、あまり実感が湧かなかった。それも、高市首相が国民の前に姿を現すことが少ないからではないだろうか。

その点については、8月22日に共同通信が伝えている。その時点で政権発足以来10カ月が経過していたが、その間に首相が地方視察に赴いたのはわずか8回である。これは、同期間における岸田元首相の31回、石破前首相の22回を大きく下回る。

しかも、高市首相の地方視察は、地震被害地域への訪問が3回で、広島・長崎における「原爆の日」関連が2回、残りは来日した海外首脳に同行したときである。

高市首相は、休みの日など公邸にこもって政策について熱心に勉強に努めているといわれ、睡眠時間を削っていることが問題になったりもしたが、どうやら国民と直接に接することには力を入れていないのだ。

これでは、国民の間で人気があるのかどうか、それがはっきりしない。頻繁に地方を訪れ、各地で大歓迎を受けるなら、どの程度の人気なのかもわかるが、その機会がそもそも乏しいのだ。

あまりに手軽すぎる首相のSNS発信

政治は本来、政治家のためにするものではなく、国民のためにするものである。ならば、首相としては国民と直接にふれあい、肌感覚を通して国民が何を求めているかを知る必要がある。そうした努力を積み重ねてこそ、日本を明るくすることができるはずである。

かつて人気を博した首相の代表といえば、田中角栄氏であり、小泉純一郎氏である。田中元首相は、全国をこまめにまわり、有権者の手を直接握った。「一度会った人間のことは覚えている」とも言われた。

小泉元首相は、そうしたスタイルではなかったが、テレビや記者会見を通して国民に直接メッセージを伝えようとした。

高市首相には独特の考え方があり、それが今のスタイルに結びついているのかもしれない。だが、SNSでの発信はあまりに手軽すぎて、そこに努力の跡を見いだすことが難しい。

直接に接しなければ、首相が国民の気持ちを明るくすることはできない。麻生氏もまた、そうした努力を行っているようには見えず、陰で高市首相を操っているというイメージである。

高市早苗首相(2026年2月18日、第2次高市内閣発足時)
高市早苗首相(2026年2月18日、第2次高市内閣発足時)(写真=内閣広報室/CC BY 4.0/Wikimedia Commons)

天皇家の積極的な国民との交流

それにひきかえ、天皇や皇族は、実に積極的に地方へ出向き、国民との交流を果たしている。

そうしたことは、憲法や法律で定められた義務ではない。それは天皇や皇族の自発的な意思に基づくものであり、戦後の皇室の基本的な方針になっている。

その戦後における始まりは、「昭和天皇の戦後巡幸」に求められる。しだいに長期に連続して行われるものとなったが、その目的は、敗戦によって意気消沈し、復興に努力しなければならない国民の心を少しでも明るくするためであった。

それはさらに、明治天皇にまでさかのぼるもので、大規模な巡幸は「明治六大巡幸」と呼ばれた。この精神が、昭和天皇に引き継がれ、現在の皇室のメンバーにも受け継がれているわけである。

高市首相がその点に目を向け、努力するならば、国民が何を望んでいるのか、それをはっきりと知ることができるはずだ。

もし首相が地方を訪れ、自分を歓迎してくれた国民に対して、「今回の皇室典範改正で、日本に明るい未来が訪れるのではないでしょうか」と尋ねたとしたら、必ずや、「なぜ、愛子さまは天皇になれないのでしょうか」という疑問が返ってくることだろう。

求められる「愛子さま即位」への議論

今回、旧宮家からの養子制度が設けられた一方、改正後の世論調査では、女性天皇を認めることへの84%という強い支持が示されている。それも、天皇や皇族の積極的な姿勢が、国民の気持ちを明るくすることに貢献しているからである。

とくに最近では、活動の幅を大きく広げてきた愛子内親王に対する期待が大きい。

女性天皇を認める再改正を支持する声は強い。その声に応え、愛子内親王の即位への道を開く議論を進めることこそ、今、求められているのではないだろうか。

秋季雅楽演奏会を鑑賞された天皇陛下と長女愛子さま(2026年10月24日/出典=宮内庁Instagram[@kunaicho_jp])