なぜこれほど勝てるのか
その人に会えることになったのは、ワールドカップが終わって10日ほどが経った週半ばの午後だった。私は東京駅発の長距離バスに揺られ、東関東道を北上していた。編集者のK氏と鹿島アントラーズの広報担当者のおかげで、鬼木にインタビューができることになったのだ。延々と続く変わり映えのしない高速道路の景色、も退屈でなかったのは、おそらく昂っていたからだ。
茨城県南東部沿岸の鹿島市、広大な敷地を誇るクラブハウスに着くと、グラウンド脇の建物に案内された。この日は新しいシーズンが開幕する前の練習日だった。鬼木はトレーニングを終え、軽いランチを取ってからここへやって来るという。
私はその静かな部屋で、道中から続いている想像を巡らせた。
この国で誰よりも勝っている監督はどんな空気を発散しているだろうか。どんな言葉を用いる人だろうか。
鬼木はこの鹿島アントラーズでプロサッカー選手になった。32歳で引退して指導者の道に入ると、43歳で川崎フロンターレの指揮官となった。そして就任1年目でリーグを制したのを皮切りに次々とタイトルを獲得していく。2025年に古巣・鹿島の監督に就任すると、やはり優勝を果たし、通算5度のリーグ制覇は歴代最多、指導者として鮮やかすぎるキャリアである。
鬼木はなぜ、これほど勝てるのだろうか。いつもは緊張で少し憂鬱になる取材前の時間が高揚感とともに過ぎていった。
やがて部屋のドアが静かに開いて、トレーニングウェア姿の、よく日に焼けた人物が入ってきた。向かいの椅子に座った鬼木は想像していたよりも穏やかな表情をしていて、近寄りがたさを感じさせなかった。そして、あなたはいったい、どんな方法でチームをマネジメントしているのかと前のめりに問う書き手に、こう言った。
「そもそもマネジメントをしようと思ってやっていないので、そういうことで悩んだことがないんです。組織をしっかりというより、個人個人が楽しくやれればいいなと。
そう言うと変な表現かもしれないですし、もちろんサッカーでは、最後はチームのためという部分はあるかもしれないですけど、自分はまず1人ひとりが自分のプレーをすることに集中して、個人が成立してくれていればいいんです。それを最後、ひとつにするのが自分の仕事かもしれない。
そこまではもう、それぞれがどんどん伸びていってくれという感じでやっています」
メッシが守備ばかりしてたら面白くない
私は呆気に取られていた。てっきりキャリアの中で練り上げてきたマネジメント論やチーム操縦術の話が出てくるのかと思っていたからだ。
そんな私を見て、鬼木は少し笑った。
「もちろんチームが勝つことは、みんなの目標であり、自分自身も嬉しいことだけど、でも例えば、アルゼンチン代表の試合を見に行って、メッシが守備だけしていて、メッシがメッシじゃなかったら面白くないと思うんです。仮にアルゼンチンが勝ったとしてもです。
だからやっぱりアントラーズが勝つこと自体は僕も嬉しいですし、勝利に関してはおそらく自分が一番負けず嫌いというか、そういうところはあると思っていますけど、でも、それ以上に、この選手はどういうプレーをするのか、それが分からなかったら面白くない。それでは意味がないというか、そもそも個人が成立していないと勝利の確率も上がっていかないかなと思うんです」
たしかに川崎時代から、鬼木が率いるチームを見ていて感じるのは規律と自由とが同居していることだ。組織と個人と言い換えることもできるだろう。
例えば、家長昭博という選手がいた。
ユース年代から突出した才能を認められていて、18歳でトップチームデビューし、A代表にも呼ばれた。だが、大阪の名門クラブでも、地方の中堅クラブでも、スペインでも、どこへ移っても余すところなく才能を発揮できているようには見えなかった。
そんな家長が30歳にして鬼木の率いるフロンターレへ移籍すると、途端に自分の居場所を見つけたかのように個性を解放し始めた。時間とスペースがないピッチ上で、彼は誰よりも長くボールをキープし、時間を止めることができる。その突出した個性が、チームが勝つためのプレーとして機能していた。
たいていのチームがどちらかを諦めざるを得ない組織と個人の融合、その裏にあるのがまず個人を成り立たせるという考えなのかもしれない。
