父・信秀の死去で清須織田家は…
その翌年、信秀は末盛城に移住したが、末盛城と清須城とを結ぶ街道の中間に那古野城がある。一方、古渡城は清須城から街道で一直線の場所にある。古渡城から末盛城への移住は、清須織田家を警戒していたからではないか。
清須織田家としては、斎藤道三にそそのかされて信秀の城を攻めたものの、そのあとに道三と信秀が講和するという、ハシゴを外された状況になった。面目丸つぶれである。そして、その関係が悪化したまま、信秀は死去してしまう。
ここから先は無料会員限定です。
無料会員登録で今すぐ全文が読めます。
- 30秒で世の中の話題と動きがチェックできる限定メルマガ配信
- 約5万本の無料会員記事が閲覧可能
- 記事を印刷して資料やアーカイブとして利用可能
- 記事をブックマーク可能