向井千秋が子どもを持たなかった理由
20代で外科医になり、30代で宇宙飛行士に選ばれ、40代で宇宙へ飛んだ。向井さんの人生は、地上から見上げる星のように遠く、輝いて見える。
特に30代は、仕事、結婚、子どもなど、自分の生き方に悩み、迷う時期でもある。だからこそ、向井さんは最初から特別な人だったのだと思いたくなる。
だがここで、本人から意外な言葉が飛び出した。
「でもね、人生のなかで、私は子どもを持つという道を選ばなかったのよ。子どもを持つなら、子どもが成人するまでは親としての責任を果たさなければいけないって思っていたから。
生まれた子が世に出て、まっとうに生きていけるまでは、少なくとも20年くらいはかかるでしょう。20年間責任をもって子どもを一人前に育て上げる人もいれば、私のように宇宙へ行くために20年を費やす人もいる。
人生は短くて、あれもこれもやりたいって手を伸ばすのが難しいから、『こっちを選択するためにあっちの選択を捨てなきゃ』って思ってしまう。そうじゃなくて、『たくさんあるチョイスのなかで、自分はこの道を選ぶんだ』って考えるの。そのほうがポジティブに進めるでしょう?」
人生は「図書館」のようなもの
仕事か、子どもか――。30代の女性が常に向き合い続ける問いだ。キャリアを優先すれば家庭を犠牲にしている気持ちになり、家庭を選べば仕事への諦めを感じる。どちらを選んでも、「もう一方を選んだ自分」を考え続けてしまう。
しかし向井さんの言葉には、何かを犠牲にしたというネガティブな響きはなかった。
「どんな道を選んでも、自分で決めたのだから、その中にさまざまな苦労があって当然。家庭を持ち子どもを育てるという道にも、私が選んだ宇宙飛行士という道にも、それぞれ生きがいや苦労があって、学ぶこともある。どの道も大変さは同じなんです」
向井さんは33歳で宇宙飛行士に選ばれて以降、日本とアメリカを駆け回って研究に明け暮れた。34歳で医学部の先輩だった向井万起男氏と結婚したが、その後アメリカに渡ったため、籍を入れてから夫と一緒に暮らした期間は半年ほどだったという。
「人生は、図書館のようなものだと思うんです。たくさんの本が並んでいるけれど、一生かけても全部は読み切れないじゃない? だからその中から自分の好きな本を選ぶ。
それと同じで、人生は自分の目の前にあるいろんな道を、自分で選んでいくことなんじゃない?」
“持っていたはずの選択肢を失う”ではなく、“無限の選択肢から進む道を選びとり、人生を肉付けしていく”と考えれば、人は進む道を選ぶたびにパワーアップできる。ときに、選ばなかった人生をうらやましく思う瞬間があったとしても。
「隣の芝生が青く見えたら、自分の芝生を手入れして青くすればいいんです」