12年間開かれていない菊栄親睦会
ここで一つ注目されるのが、「菊栄親睦会」の存在である。これは天皇や皇族と旧宮家の人間たちが、直接会って親睦を深める会のことである。
戦後すぐの段階で、11の旧宮家が臣籍降下しなければならなかったのは、日本を占領したGHQが、それまでは財閥にも匹敵した天皇家の財産を大幅に縮小したからで、それによって多くの宮家を養う経済的な基盤が失われた。
それ以降、旧宮家の人々は、一般国民として生活するようになったのだが、菊栄親睦会は、皇室とのつながりがあることを示す重要な機会だった。
親睦の機会としては、皇居などに会員が呼ばれ、天皇や皇族と食事を共にするものと、多くの会員が集まる大会とがあった。それは、昭和の時代にはかなり頻繁に開かれており、平成の時代になっても、大会は平成6(1994)年から5年ごとに5回、天皇皇后の在位や結婚の記念の年に開かれていた。
ただ、この大会は平成16(2014)年5月が今のところ最後で、それ以降、一度も開催されていない。12年も開かれていないわけである。食事会のほうも、同じ年の7月に御所で菊栄親睦会会員との晩餐が催されたのが最後である。
そこには、コロナ禍の影響もあると言われるが、平成31(2019)年に大会が開かれても不思議ではなかった。その時点では、新型コロナウイルスはまだ流行していない。
ただ、その年の5月には、平成から令和への代替わりがあった。大会はだいたい5月に開かれてきたので、それと重なってしまったのであろう。
「いったい誰なのか」わからない旧宮家
けれども、コロナ禍が去った後にも、大会は開かれていない。それで12年も経過してしまったのだが、そこにはやはり、皇室と宮家の関係が希薄なものになってきたことが示されている。
旧宮家の若い世代になれば、菊栄親睦会の大会に参加したことがないという人間もいるだろう。つまり、天皇や皇室と直に接していないのだ。
それは、天皇や皇族のほうからもいえる。旧宮家といわれても、いったいそれは、誰なのか。そんな疑問を抱く皇族がいても不思議ではない。愛子内親王や悠仁親王などは、まさにそのはずである。
それを踏まえるならば、天皇にとって、「旧宮家の養子」が強く打ち出されたことには、どうしても違和感を持ってしまうのではないだろうか。その案が、必ずしも国民の間で歓迎されているわけではないことも知っている。
国民はむしろ、女性天皇や女系天皇を求めており、それは天皇も熟知していることである。