今上天皇が表明した言葉の重さ
6月11日、見逃すことのできない今上天皇の記者会見があった。
皇族数確保策をめぐり、「国民の理解が得られるものとなることを望む」と表明したのだ。
順を追って述べてみたい。
その前日の6月10日、衆参両院の正副議長の下で、皇族数確保策をめぐる「立法府の総意」が取りまとめられ、それが内閣に示された。内閣は、その方向に沿って法律案を作成することになる。今月下旬には、それが示されるはずである。
そうした状況のなか、黒田武一郎宮内庁長官は、そのことを天皇、皇后、さらには皇嗣である秋篠宮に報告したと、11日の定例記者会見で語った。これは天皇陛下の会見に先立つ場であったが、天皇が「国民の皆さまの理解や納得が得られるものとなるように願われているのではないかと拝察している」と、長官は述べている。
これだけでは、宮内庁長官の私的な見解ということにもなるが、その後、天皇はオランダとベルギーへの公式訪問を前に皇居で記者会見に臨み、「制度に関わる事項については私から言及することは控えたい」と述べたものの、長官の「拝察」を裏づけるような発言を行った。
天皇は、皇室は「国民と苦楽を共にすること」に活動の中心を置いており、「皇族数の確保のあり方についての議論においても国民の皆さんの理解が得られるものとなることを望んでおります」と、自ら意見を述べたのである。
「国民の理解」とは「愛子天皇」の実現
まさにこの天皇の意見表明に対して、今国会における皇室典範の改正を目指して奔走してきた自民党の麻生太郎副総裁をはじめ、保守派の政治家や論客、そして「早急に法案作成に取りかかる」と言った高市首相は、こぞって苦虫を噛み潰したような顔をしたのではないだろうか。
一方で、「愛子天皇」待望論を唱える人たちは、天皇の言う「国民の理解」が、まさに女性天皇や女系天皇の容認ということで、ひいては「愛子天皇」を実現することにあると確信したのではないだろうか。
宮内庁長官と天皇が、それぞれ記者会見で「国民の理解」に言及したことは、それがかなり強固な天皇の意思であることを感じさせる。「立法府の総意」では、女性皇族の結婚後の身分保持と旧宮家からの養子案が「了」とされたものの、それはどうも天皇の考えとはずれているようなのだ。
今回は、そうした推測が正しいことを、根拠を挙げて示したい。
時代変化に伴う天皇と国民の関係性
まず重要なのは、天皇や天皇一家と国民との関係が、時代を追うにつれて大きく変化してきたことである。
戦前において、とくに日本が中国やアメリカとの戦争に深くのめり込んでいった時代には、天皇は「現人神」として崇め奉られた。
昭和天皇自身がそれをどう考えていたかはわからないが、明治の時代に制定された大日本帝国憲法では、天皇は神聖だとはされていたものの、神とはされていなかった。天皇が現人神であることがことさら強調されたのは、昭和10年代に入ってからである。
昭和20(1945)年に日本が戦争に敗れることで、戦前の体制は崩れ、天皇も「人間宣言」を行った。そして、敗戦による惨禍に苦しむ国民を励ますため、昭和天皇は全国を巡回した。
これによって国民は、直に天皇と接することになったのだが、天皇の国民との接し方はぎこちないものだった。それは各種の映像に残されている。
昭和が終わり平成の時代が訪れると、平成時代の天皇は皇后と共に「平成流」という国民との接し方を編み出し、被災地などを訪れた折には、床に膝をつき、国民と同じ目線で会話した。
国民と同じ目線の今上天皇と皇后
ただ、これは〈愛子さまは天皇陛下の合図で入ってきた…島田裕巳「愛子さまを中心に据えるという天皇家の意思が見えた瞬間」〉で触れた、政治学者の御厨貴氏との「時事イ放談」の席で出たことなのだが、平成時代の天皇と皇后、つまり今の上皇夫妻は、やはり「上から目線」だったという。
御厨氏は、今から10年以上前になるが、恩師である三谷太一郎氏と共に皇居に呼ばれ、上皇夫妻と私的に食事をしている。当時、私は御厨氏からそのときの話を聞いたのだが、トイレの場所を上皇から教えられたと語っていた。余人を交えない食事の席だったからで、御厨氏は、上皇と直接面識があるわけである。
ところが、今年1月9日の講書始の懇談の席においては、現在の天皇夫妻の視線は国民とまったく同じもので、上から目線ではなくなっていたという。天皇夫妻は、講師たちの前で、普通の家庭でくり広げられるような一家の話もしたという。
上皇は戦前の生まれで、昭和天皇が現人神とされた時代を実際に体験している。それが、敗戦によって激変したわけで、天皇に即位してからは「象徴としての役割が何か」を絶えず考え続けてきたという。
そこには、戦前のことが影響しているし、また、「象徴天皇」としてのあるべき姿を国民に示さなければならないという強い自負もあったことだろう。そうした力みのようなものが、今の天皇からはすっかり抜けているということではないだろうか。国民と苦楽を共にしてきたというのは、今上天皇の、そして天皇一家の実感なのである。
では、今回議論になっている旧宮家との関係はどうなのだろうか。
12年間開かれていない菊栄親睦会
ここで一つ注目されるのが、「菊栄親睦会」の存在である。これは天皇や皇族と旧宮家の人間たちが、直接会って親睦を深める会のことである。
戦後すぐの段階で、11の旧宮家が臣籍降下しなければならなかったのは、日本を占領したGHQが、それまでは財閥にも匹敵した天皇家の財産を大幅に縮小したからで、それによって多くの宮家を養う経済的な基盤が失われた。
それ以降、旧宮家の人々は、一般国民として生活するようになったのだが、菊栄親睦会は、皇室とのつながりがあることを示す重要な機会だった。
親睦の機会としては、皇居などに会員が呼ばれ、天皇や皇族と食事を共にするものと、多くの会員が集まる大会とがあった。それは、昭和の時代にはかなり頻繁に開かれており、平成の時代になっても、大会は平成6(1994)年から5年ごとに5回、天皇皇后の在位や結婚の記念の年に開かれていた。
ただ、この大会は平成16(2014)年5月が今のところ最後で、それ以降、一度も開催されていない。12年も開かれていないわけである。食事会のほうも、同じ年の7月に御所で菊栄親睦会会員との晩餐が催されたのが最後である。
そこには、コロナ禍の影響もあると言われるが、平成31(2019)年に大会が開かれても不思議ではなかった。その時点では、新型コロナウイルスはまだ流行していない。
ただ、その年の5月には、平成から令和への代替わりがあった。大会はだいたい5月に開かれてきたので、それと重なってしまったのであろう。
「いったい誰なのか」わからない旧宮家
けれども、コロナ禍が去った後にも、大会は開かれていない。それで12年も経過してしまったのだが、そこにはやはり、皇室と宮家の関係が希薄なものになってきたことが示されている。
旧宮家の若い世代になれば、菊栄親睦会の大会に参加したことがないという人間もいるだろう。つまり、天皇や皇室と直に接していないのだ。
それは、天皇や皇族のほうからもいえる。旧宮家といわれても、いったいそれは、誰なのか。そんな疑問を抱く皇族がいても不思議ではない。愛子内親王や悠仁親王などは、まさにそのはずである。
それを踏まえるならば、天皇にとって、「旧宮家の養子」が強く打ち出されたことには、どうしても違和感を持ってしまうのではないだろうか。その案が、必ずしも国民の間で歓迎されているわけではないことも知っている。
国民はむしろ、女性天皇や女系天皇を求めており、それは天皇も熟知していることである。
愛子さまの配偶者や子を“区別”するのか
女性皇族の結婚後の身分保持については認められたものの、ずっと議論になってきた配偶者や子どもを皇族とするか否かについて、今回の「立法府の総意」では完全に棚上げされている。政党の間で意見の対立があったからだが、先送りするというのはひどく無責任に思える。
もし愛子内親王が結婚したとしたら、天皇や皇后は、配偶者の男性を歓迎し、変わらない付き合いをすることだろう。そこに生まれた子どもに対しても同様である。それも、現在の天皇と皇后が国民との間に隔たりを感じていないからで、それがそのまま愛子内親王の配偶者や子どもとの関係に表れるはずである。
そうなれば国民も、愛子内親王の配偶者や子どもが皇族となることに違和感を持つことはないであろう。その点では、皇族の地位を与えるかどうかの問題は、その時点で自然に解決するのである。
国民が求める「天皇家の皇位継承」
朝日新聞の世論調査で示されたように、国民が、女性天皇を容認し、それ以上に女系天皇を認めようとするのは、天皇家に育ってきた愛子内親王の系統で皇位が継承されることが期待されているからである。
そうした期待は、天皇も十分に理解しており、賛同もしている。だからこそ、これまで指摘してきたように、愛子内親王を天皇一家の中心に据える方針を、今年になって鮮明にしているのである。
天皇は、その立場上、自らの意見を直接表明することができない。
だが、それは意見を持っていないことを意味しない。むしろ、これからの皇室がどのようになっていけばいいのか、明確な考えを持っているはずだ。
それを国民にも伝えたい。その意思もあることだろう。今回の「国民の皆さんの理解が得られるものとなることを望んでおります」という言葉の背後に何があるのか。それを読み取るのは、今度は、国民の側の務めである。
秋篠宮家のほうも、秋篠宮自身天皇に即位するつもりはないと言い、秋篠宮家を残したいと言っているわけだから、悠仁親王が秋篠宮家の当主となり、愛子天皇を支えればいい、そのほうが好ましいと思っているのではないだろうか。
今や、天皇や皇族と国民との間に考え方のずれはない。ずれているのは、政治家だけである。