高松宮妃喜久子さま"女性天皇の即位、考えておくこと不自然でない"
次に紹介するのは、故高松宮妃喜久子さまだ。1911(明治44)年生まれで、祖父は徳川家最後の将軍・慶喜だから、大正天皇の三男の高松宮宣仁さまと結婚した時は「公武合体」と言われたそうだ。
喜久子さまが女性天皇について言及したのは、愛子さま誕生について感想を述べた『婦人公論』(2002年1月22日号)だ。
記事のタイトルは「めでたさを何にたとへむ」で、喜久子さまの詠んだ歌から取られている。
この喜びにいましあふとは
ご成婚から8年たってのご誕生を喜び、愛子さまにとって自身は「大大伯母」にあたるとする。そして「実のところ此の大大伯母は、元気なうちにあと二遍でも三遍でも喜びの歌を詠んで差し上げたいと思っているのです」と述べる。「一姫二太郎」という言葉も用いて、雅子さまの男子出産への期待を語っている格好だ。うーん。
と思って読み進めると、喜久子さまは「『二太郎』への期待が雅子妃殿下に過度の心理的負担をお掛けするようなことがあってはなりません」と続けた。そして、ここからが女性天皇問題になる。以下、引用だ。
“性別でつらい思いをする組織”は持続可能ではない
「皇室典範の最初の條項」とは、「皇位は、皇統に属する男系の男子が、これを継承する」のこと。三権分立で立法を担うのは国会で、「法律関係の責任者」の一人は森議長だ。森さーん、あなたのことですよー。
ところで、なのだが、喜久子さまには子どもがいない。喜久子さまの著書『菊と葵のものがたり』(中公文庫)には、そのことについて「私達は陛下の御期待にそわぬまま今日に至っている」と書かれていた。「男系男子」の皇室で女性皇族は子ども、それも男子を産むことが最大の役割になる。それを果たせなかった喜久子さまには、雅子さまのつらさが誰よりもわかっていたのではないかと思う。
国会に話を戻すなら、「②男系男子の養子縁組」ではこの構図は全く変わらない。結婚して皇族となった女性が男子を産めなかった場合、そのことを抱えて生きることになる。女性として生まれた女性皇族は、「男子でない」という事実を抱えて生きることになる。性別ゆえに所属メンバーがつらい思いをする。そういう組織がサステナブルなはずがない。という私の思いは、前回も書いた。