直感的に抱く“愛子天皇を認めないおかしさ”
ずっと停滞していた「安定的皇位継承」についての協議が4月15日、国会で再開した。終了後、森英介衆院議長は「今国会中の皇室典範改正案の成立」を目指すと表明した。今国会の会期は、7月17日までだ。
迅速化はよい。問題はその方向性だ。皇族が16人しかおらず、高齢化も進んでいるのに仕事は減らない。この現状を何とかすべく、政府の有識者会議が示したのは「①女性宮家の創設」と、「②旧宮家の男系男子の養子縁組」という二案だ。が、自民党はそもそも衆院選の選挙公約で、②しか示していない。①についても、高市早苗&麻生太郎という党2トップが「女系天皇につながる」という警戒感を隠していない。
だから、①でも女性皇族の配偶者と子どもは「皇族」としない。それが2トップの考えだ。もちろん①も②も、党によって意見が分かれている。それを取りまとめるのが衆院議長だが、森さんが議長になったのは長く麻生派の事務総長をしていたから。となると、「②優先、①は配偶者、子ども抜き」という「男系男子専用道路」を目指していると容易に想像がつく。
前回も書いたことだが、国民が愛子天皇を期待する気持ちは、「人手が足りないから、結婚しても皇室に残ってね」ではない。天皇家に生まれ、品格が備わっていることがわかるのに、「男子でない」から天皇になれない。そのおかしさを直感的に感じているのだ。
そのことをせめて森議長には考えてほしい。だからここからは、かつて皇族が語った「女性天皇容認論」について書いていく。
(参考記事:いつまで皇族に「男子を産んで」と求め続けるのか…高市首相に無視されても「愛子天皇待望論」が衰えないワケ)
三笠宮崇仁さま「純粋に解釈すれば女帝を認めねばならぬ」
まず紹介するのは、大正天皇の四男(昭和天皇の末弟)の故三笠宮崇仁さまだ。1915(大正4)年生まれで、2016年に100歳で亡くなられた崇仁さまは30歳の時、女性天皇容認を明確に記している。
「昭和二十一年十一月三日(日)新日本憲法は公布された」から始まる文書で、タイトルは「新憲法と皇室典範改正法案要綱(案)」。同年11月3日付けで枢密院(明治憲法下の天皇の諮問機関)に提出したもの。日本国憲法と照らし合わせて、皇室典範をどう変えたらいいかについての考えをまとめている。
そもそも崇仁さまは、皇室典範改正に当たっては「現行皇室典範を御破算にして新憲法の精神に忠実に改正する」べきなのに、「現行皇室典範を基礎に、どうしても新憲法の精神に沿わないところだけを変更する」向きが強いと看破している。
その上で、「私が皇室典範改正法案中で取り上げたい研究問題の主なもの」として、イからチまで8点あげる。その「イ」が「女帝の問題」で、まさに「いの一番」に取り上げているのだ。
崇仁さまの考えは、そのまま引用する。
憲法「法の下の平等」との矛盾
【D】とは何かというと、大きく変わった憲法で「皇室典範に直接関係ある所」として、崇仁さまがあげた7点(AからGまで)の一つ。「【D】すべて国民は法の下に平等であつて人種、信条、性別、社会的身分又は門地により政治的経済的又は社会的関係において差別されないこと」としている。
崇仁さまの考えは、至ってシンプルだ。平たくまとめると、憲法に「法の下の平等」が定められた以上、天皇が男性だけというのはおかしい、女性天皇を認めねばならぬ、だろう。この文書が提出されたのは80年前。以来、かくも長きにわたり憲法と皇室典範の矛盾を放置してきたことが、今の皇室の様々な問題につながっていると思う。
話は少し横道に逸れるが、崇仁さまが「女帝問題」の次にあげたのは、「ロ、庶子の問題」だ。「万世一系を厳密に要求するなら、庶出を認めた方が直系で皇位が伝わる」とする一方で、「一夫一婦制の道徳が文明諸国に共通だ」と指摘する。「あの人には妾がある」は日本でも悪評になっているとも書く。「妾」という言葉を使い、万世一系の難しさを突く崇仁さま。真面目に皇室を思う、率直な方に違いない。
女性が総理になる時代「再研討せられて然るべき」
話を「女帝」に戻す。「認めねばならぬ」とした後、崇仁さまは現実に即した論を展開する。曰く、今は(女帝を認めない)政府案でよい、なぜなら今の女子皇族は男子皇族の後ろを追随するよう躾けられているからで、それは本人でなく周囲が悪いのであって、象徴天皇だとしても、全国民の矢面に立つのは不可能だしお気の毒だ、と。その上でこう続ける。
高市さーん、あなたのことですよー。あなたと女性天皇は、同じ地平に立っているんですよー。そう呼びかけたいが、届くだろうか。もちろん「男女共学の教育を受けた女子皇族」を母にする女性皇族はもう当たり前の存在だ。導かれる答えは一つ。「女帝の問題も再研討せられて然るべき」時なのだ。
高松宮妃喜久子さま"女性天皇の即位、考えておくこと不自然でない"
次に紹介するのは、故高松宮妃喜久子さまだ。1911(明治44)年生まれで、祖父は徳川家最後の将軍・慶喜だから、大正天皇の三男の高松宮宣仁さまと結婚した時は「公武合体」と言われたそうだ。
喜久子さまが女性天皇について言及したのは、愛子さま誕生について感想を述べた『婦人公論』(2002年1月22日号)だ。
記事のタイトルは「めでたさを何にたとへむ」で、喜久子さまの詠んだ歌から取られている。
この喜びにいましあふとは
ご成婚から8年たってのご誕生を喜び、愛子さまにとって自身は「大大伯母」にあたるとする。そして「実のところ此の大大伯母は、元気なうちにあと二遍でも三遍でも喜びの歌を詠んで差し上げたいと思っているのです」と述べる。「一姫二太郎」という言葉も用いて、雅子さまの男子出産への期待を語っている格好だ。うーん。
と思って読み進めると、喜久子さまは「『二太郎』への期待が雅子妃殿下に過度の心理的負担をお掛けするようなことがあってはなりません」と続けた。そして、ここからが女性天皇問題になる。以下、引用だ。
“性別でつらい思いをする組織”は持続可能ではない
「皇室典範の最初の條項」とは、「皇位は、皇統に属する男系の男子が、これを継承する」のこと。三権分立で立法を担うのは国会で、「法律関係の責任者」の一人は森議長だ。森さーん、あなたのことですよー。
ところで、なのだが、喜久子さまには子どもがいない。喜久子さまの著書『菊と葵のものがたり』(中公文庫)には、そのことについて「私達は陛下の御期待にそわぬまま今日に至っている」と書かれていた。「男系男子」の皇室で女性皇族は子ども、それも男子を産むことが最大の役割になる。それを果たせなかった喜久子さまには、雅子さまのつらさが誰よりもわかっていたのではないかと思う。
国会に話を戻すなら、「②男系男子の養子縁組」ではこの構図は全く変わらない。結婚して皇族となった女性が男子を産めなかった場合、そのことを抱えて生きることになる。女性として生まれた女性皇族は、「男子でない」という事実を抱えて生きることになる。性別ゆえに所属メンバーがつらい思いをする。そういう組織がサステナブルなはずがない。という私の思いは、前回も書いた。
強引に進めれば、絶対に禍根が残る
もう一つ、崇仁さま、喜久子さまの考えを読んで感じたことは、「率直に語れる皇族方が存在した」ことへの驚きだ。「天皇は国政に関する権能を有しない」と定めた憲法下、SNS社会はどんどん加速している。お二人という存在が奇跡のように感じられる。
その中で何とか本音のようなものを語ろうとしているのが、秋篠宮さまだと思う。「天皇家の次男」として意識的にそうしていると、毎年のお誕生日会見のたびに感じる。
2024年のお誕生日会見〔秋篠宮皇嗣殿下お誕生日に際し(令和6年)〕で出た「皇族は生身の人間」という言葉もそうだ。
2025年の会見〔秋篠宮皇嗣殿下お誕生日に際し(令和7年)〕では公的活動の担い手の減少について、「その状況を変えるのは、今のシステムではできません」と述べた。宮内庁や国会への歯がゆい思い、皇族であることの苦しさ。精一杯の吐露ではないだろうか。
最後にもう一度、国会の話を。衆院では自民が3分の2を超えるが、参院は与党が過半数を割る。今後の行方は見通せないが、森議長は強気だ。4月15日の協議の終了後、中道改革連合へ1カ月をめどに見解をまとめるよう求めたという。
ダメな生徒への宿題だな、と思う。気がかりなのが、当の先生が校長&副校長の顔色ばかりうかがっているように見えることだ。国民を代表して、森議長にこう言いたい。「崇仁さまと喜久子さまの文書をきちんと読んで。絶対、試験に出るから」。「男系男子専用道路」を強引に進めれば、絶対に禍根が残る。
注
・崇仁さまの文書は、日本経済新聞が2016年11月3日にWeb版で公開した全文に依拠した
参考文献
・日本経済新聞「三笠宮さまの意見書全文」
・「新憲法と皇室典範改正案要綱(案)」JACAR(アジア歴史資料センター)Ref.A06050052300、昭和二十一年・配付案(国立公文書館)
・中央公論新社『婦人公論』(2002年1月22日号)