ブレイン・ハック習慣術 第5回
「やりたくないこと」も自然に選択できるようになる
トリガーを設計しても、行動そのものを面倒に感じて挫折してしまった経験はないだろうか。2000年ごろから20年以上にわたり行動経済学を研究・実践してきた相良奈美香氏は、その理由を「やるべきことは、やりたくないことが多いから」だと解説する。
「人は1日に約3万5000件もの意思決定をしているといわれます。でも実は、そのほとんどで無意識に『やりたくないこと』を後回しにしています。やりたくないことをやっていると、やりたいことができなくなる。だから、無意識にやりたいことを選んでしまうのです」
この人間の心理バイアスを利用して、選択の自由を残したまま望ましい決定へと導くアプローチを、行動経済学では「ナッジ(nudge)」と呼んでいる。
「ナッジとは、選択を強制するのではなく、なんとなく意思決定しているようで、よい選択ができるようになる仕組みのことです。重要なのは、選択を強制しないこと。あくまで“なんとなく”よい行動を選んでしまう状態をつくることが大事です」
環境を変えることで「やりたくないこと」も自然と選択できるようになる、と相良氏は語る。
「世界的に有名なある企業では、社員食堂がビュッフェスタイルになっていて、社員の健康を考慮した料理の並べ方になっています。まず野菜などヘルシーなものが目につくようにレイアウトされ、最後にわかりにくいところにスイーツなどが置かれています。もし一番目立つところにチョコレートがあれば、深く考えずに食べてしまうこともありますよね。これは、目に入ったもの、手に取りやすいものを、無意識に選んでしまうからです」
このビュッフェスタイルの配置により、社員は無意識のうちにサラダなどを皿に取りやすくなり、結果として健康的な食事がバランスよく取れるようになっているのだ。
行動経済学コンサルタント。行動経済学を専門とする博士。米国と日本を中心に、10カ国以上で行動経済学の導入支援を行い、GAFAMを含むグローバル企業に対してコンサルティングを提供。あわせて、コンテンツ制作・配信を通じ、行動経済学を社会に広める活動にも注力している。代表作『行動経済学が最強の学問である』(SBクリエイティブ)は19万部を超えるベストセラーとなり、日本における行動経済学の認知拡大に大きく貢献した。
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わずかな面倒くささを徹底的に取り除く
「私が習慣的に美顔器を使っていたときは、クローゼットにしまわず、ソファの横に置いておきました。視界に入るだけで『やろう』と思い、テレビを見ながら自然と手に取っていました」
この「ついやってしまう」行動には「やるか、やらないか」という意思決定はほとんど介在しない。行動を起こすために必要なのは意志の強さではなく、「すぐにできる状態」をつくることだ。
「私たちが行動しない理由の多くは、“面倒くさい”という感情にあります。たとえば毎日ジョギングをしようと決めても、着替えるのが面倒、外に出るのが面倒、といった小さなハードルが積み重なって、やがて『やらない』という選択をしてしまいます。行動を習慣化したいなら、このわずかな面倒くささを徹底的に取り除いて行動の摩擦(フリクション)を減らすことが重要です」
この構造を端的に示すのが、日本の「夏休みのラジオ体操」だろう。小学生のころは、ラジオ体操は「やるべきこと」だと思っていた人も多いはずだ。このように、「やるものだ」と脳に認識させることで、行動は定着しやすくなる。
「『普段は継続できなくても、夏休みだけはラジオ体操が続いた』という経験があるかもしれません。これには2つの理由があります。1つは、『みんながやるからやらなければならない』という社会的なプレッシャーです。やらないと先生に注意されるかもしれない、といったネガティブなイメージも行動を後押しします。もう1つは、『やるかやらないか』ではなく、『やるものとして決まっている』というデフォルト(初期設定)の状態です」
「やるかどうか」を考えない「デフォルト設定」の魔力
このデフォルト設定ができると、生活の中に習慣を組み込むことができると相良氏は話す。ジョギングなら「今日ジョギングをするかどうか」ではなく、「ジョギングはするもの」として、まずシューズを履いて外に出る。そして走り始めてから「今日はどこまで走ろうかな」と考えるようにすると、ジョギングという行動そのものがデフォルトになっていく。
やる気に頼るのではなく、やらないフリクションを消していき、自然とやってしまう状況をつくる。それがナッジの考え方であり、習慣化の本質だ。この考え方は、運動のような明確な行動だけでなく、日々のコンディションやパフォーマンスを整えるような行動にも当てはまる。「やったほうがいい」とわかっていても、「時間を確保する」「継続する」といったハードルがあると、なかなか続かない。
そこで近年、注目されているのが、こうした行動を「別の形」に置き換える発想である。あえて特別なことをするのではなく、日常の中で自然に触れている体験に組み込むことで、無理なく続く状態をつくるという考え方だ。
こうした発想から生まれたのが、ガンマ波サウンドである。ガンマ波とは、脳が高い集中状態にあるときに多く観測される脳波であり、その特性に着目した音響技術がガンマ波サウンドだ。音は、特別な意識を持たなくても日常の中で自然に触れている要素であり、行動の負担を増やさずに取り入れやすい。そのため、習慣化との相性が高い領域の一つといえる。
通勤中や日常的に接しているスマートフォンやコンテンツ、さらには音響デバイスなど、普段の生活の中で自然に触れている音の体験に組み込むことで、特別な行動を起こさなくても継続される状態をつくることが可能である。
実際に、こうした発想を取り入れ、日常的に使われる音の体験の中にガンマ波サウンドが組み込まれるケースも広がり始めている。既存の製品やサービスの価値を拡張する技術としても注目されている。
「毎回『やるか、やらないか』を考えている限り習慣化できません。やることを前提に行動することが、習慣化の秘訣です」
【コラム】脳の働きを支えるガンマ波サウンドの新習慣 Q&A
Q:まだ元気な世代にも必要? 「ガンマ波サウンド」を今から始めるメリットは?
ガンマ波サウンドは、40Hzで変調された音刺激を用いた技術で、脳の働きとの関係を探る研究も報告されています。特定の課題を抱えた人に限らず、日々のパフォーマンスやコンディションを意識する世代にとっても関心が高まりつつあります。朝のニュースや通勤中の音楽、家事や読書など、普段の「ながら時間」に自然に取り入れられる点が特徴です。特別な負担なく生活に取り入れやすいことが、早い段階から始めるメリットの一つといえます。