貧乏を抜け出す「積小為大」の教え
万兵衛のもとに預けられた金次郎は昼は勤勉に働き、夜は灯りをともし、学問に励みました。しかし、万兵衛は百姓には学問など必要ないと考える人でした。灯りの油がもったいないと、灯りをつけることを禁止されてしまいます。
しかし、金次郎はこんなことではへこたれません。自分で油を作ればいいのだと思いつき、知り合いから少しの菜種を借り、それを育てて油をつくることができました。さらに、捨てられていた田植えの苗を拾い集めて育てたところ、一俵ほどのお米を収穫することができました。このとき、金次郎は「小さいことでも積み重ねると大きなものに為る」ということに気づきます。そうして、少しずつ田畑を買い戻し、見事二宮家を復興させることができました。これが二宮金次郎の「積小為大」の教えの原点となりました。
生家復興を果たした金次郎はその手腕を買われ、小田原藩の家老、服部家の財政再建を依頼されます。服部家の状況を見た金次郎は「服部家の財政破綻は超えてはならない限度、守らなくてはならない基準を守らなかったために起きたものである」と教えました。これが金次郎の説く「分度」の教えになります。
600以上の藩や農村の財政を建て直す
金次郎は住み込みで服部家の財政再建を請け負い、服部家に対しては財政再建のために3つのことを約束させます。1つ目は食事は飯と汁だけにすること。2つ目は着物は木綿のものに限ること。3つめは必要のないことはやらないこと。このように分をわきまえ、見栄のための支出をしない、分度をまもるための具体的な指導を行いました。
また、お金に困っている女中に対しては薪の節約方法を教え、節約できた薪を買い取ってあげました。鍋が焦げ付いていると、熱伝導が悪くなり、薪が沢山必要になります。鍋を奇麗にすれば熱伝導がよくなり、使う薪が少なくて済み、節約できるというわけです。ここまで具体的に家計再建のための指導を行い、服部家を見事復興させた金次郎は、家老の大久保忠真に認められ、百姓出身でありながら、幕府の家臣となり、その後も600以上の藩や農村を立て直していきました。