父の妻子へのDVは凄まじかった

秋野は浅野家から茶碗に米をもらって自分で炊いていた。玲子がよそう時は山盛りにしてあげていたが、ある日、母に見つかって殴りつけられた。次の日、母は秋野に渡す米を茶碗からえぐられるだけえぐって渡した。受け取った秋野は弟である玲子の父に見せると、今度は母が父に殴られた。父は妻も子どもも容赦なく殴り飛ばし、蹴り飛ばした。しばらくして夫婦は仲直りし、秋野は近所の畑からきゅうりや茄子を盗んで食べた。そのうちお腹を壊して床につき、毎晩鳴き声をあげたが両親とも大袈裟だと放っておいたため、4日目に亡くなった。

父の折檻は激しすぎて、何度も「尊属殺人犯」になりかけた。玲子は書く。「スラム広しといえど、子供をぶんなぐることにおいては、彼の右に出るものはなかった」。例えば玲子が貯めていた小遣いを三女の敏子が盗ったことを知ったとき、父は「うちは人殺しや放火はいても、泥棒だけは育てた覚えがない」と叫び、5歳の敏子を裸にして荒縄でぐるぐる巻きにして夜の川に投げ込んだ。